TOP

幼稚園に通うようになった坊に廉ちゃん、猫ちゃん。
お迎えはそのときての空いている大人が行ったり、学校帰りの柔造やが行ったり様々だった。

そして今日は早めに学校の終わったが迎えにやって来た。
幼稚園はいつも子供達の楽しそうな声で騒がしいけれども、 今日は三人のクラスは異様な騒がしさがあった。
ドアの前でもそれに気付いて首をかしげる。
女の子の悲鳴に混じり先生の「こら!やめなさい!」という声がする。
何事だろうか、とが身構えながら扉を開けて、 目の前の光景に絶句した。
教室の隅に固まる男児達、逃げ惑う女児、おろおろと駆け回る先生。
そして、素っ裸で女性物のパンツを被った廉造。
廉造は「へんたいかめんやー!」と女児達を追い回していた。
よく見ると教室の隅の男児達の中に混じって坊と子猫丸が気まずそうに視線をさ迷わせていたが、 に気が付きパッとすがるように見つめてきてはだいたいを把握した。
そしてすばしっこく先生から逃れていた廉造を後ろから抱えあげた。

「こら!廉ちゃん!」

廉造は驚いてわぁ!と声をあげたけれども、だとわかって嬉しそうにしがみつく。
は溜め息をついて訊ねた。

「廉ちゃん、何しとんの」

廉造はにだっこされたのが嬉しくて素直に「へんたいかめんや!」と答えたら被っていたパンツを無言で剥ぎ取られた。
姉?」
「先生、えらいすみません。」
は廉造を抱えたまま疲れた様子の先生に謝り、半泣きの女児達もごめんね、びっくりしたね。と慰めた。
そんな間にのあしもとに廉造の脱ぎ散らかした服を持って坊と子猫丸がやってきたから 「坊、猫ちゃんありがとうね。二人はほんまえらいわぁ」とが廉造を下ろして二人の頭を撫でて 「廉ちゃん、帰るから早く服着なさい」と彼女には珍しく厳しい声色でそう言った。
廉造は驚いて慌てて服を着る。
途中でが坊と子猫丸を連れて歩いていくから半泣きで「姉!」と呼ぶとは呆れて振り返って 「ちゃんと待っとるから」と言って先生に謝罪と挨拶をして、ボタンをかけ間違えても気付かず走ってきた廉造のボタンを直してやり、 坊と子猫丸と手を繋いで帰路についた。


幼稚園を出て、が坊をだっこする。
「うわっ」
坊はびくり、 としたけれどもおずおずとの首に手を回す。
「虎屋まで坊、そん後は猫ちゃんね」
ここから虎屋まで歩いて五分ちょっと。
そのあと子猫丸の家まで三分ちょい。
子猫丸は「はい!」と嬉しそうに頷いての空いている方の手をきゅっと握った。
廉造はそんな三人を見て頬を膨らませて「おれもだっこ!」とにせがんだけれども「廉ちゃんはアカン」 とはあっさり切り捨てた。 廉造は納得できずにの足にしがみつく。


「れーんー、歩けへんでしょっ」

「いやや!だっこ!」


駄々をこねる廉造を上から見下ろして坊は「あたりまえやろ。しまはおばさんのパンツ、かってにもってきたんやから」 と正論を述べるけれども、にだっこされているのを見て余計に廉造はヒートアップする。

「坊だけずるい!」

「べつにズルくはないおもいますけど」

子猫丸も呆れて宥めるけれども、彼だって坊の次にだっこして貰える約束をしてもらっているうえに、今はと手を繋いでいる。
火に油を注ぐだけだった。


姉!だっこ!」


「れん!」


も道の真ん中では迷惑だと諦めてしゃがんで廉造と視線を合わす。

「もう、あんなことせん?」
姉はおいかけてへんもん…」

いじける廉造を見て溜め息をつく。

「じゃぁれんがちゃんとおばさんにパンツ勝手にもっていったこと謝るって約束するなら、猫ちゃんの次にだっこしたる」

「…わかった」

廉造はやっと機嫌を直したようだ。
はもう一度坊を抱え直して子猫丸と手を繋いだ。
廉造は子猫丸と反対側での制服のスカートをきゅっと握った。
は皺になる、と思ったけれどももう好きにさせた。
帰りはだっこが嬉しかったのかいつもより坊は口数も多くて、反対に廉造はいつもよりも口数は少なかった。

「それでな、コップですなばまで水もっていって、山のよこに川つくってん!」

「へぇー、坊すごいなぁ。でもコップじゃたいへんやなかった?」

「坊がほかの子もさそいはったからすぐできたんです!」

「そうやったんや、さすがやねぇ」

そのうちに虎屋に着いて、女将さんに挨拶をして坊を預けては次に子猫丸を抱えあげる。
子猫丸も嬉しそうににすりよった。

「廉ちゃん」

はまだスカートの裾を握っていた廉造に手を差し出した。
廉造は珍しくはしゃがずにそっとその手をとった。

「猫ちゃんは今日は坊と砂場おったの?」
「はい!あと、べんきょうのじかんにせんせいにほめてもろたんです」
「なんの勉強?」
「ひらがなです」
「すごいね!もう全部書けるんやっけ?」
「はい!坊もですけど」
「猫ちゃんも凄いんよ?ちゃんと頑張ってんねんから」

そして子猫丸の家でおばあちゃんに子猫丸を預けて最後に廉造が残った。

「廉ちゃん」

が屈んでおいで、と両手を広げたけれども、いつもなら飛び付く廉造は今日はもぞもぞしていた。
「どうしたん?」
「…姉、おこっとるん?」
廉造は人のことに敏感だ。最初は興奮してたからわいわい騒いだのだろうけれども、の様子をみて嫌われたのではと不安でたまらなかった。

「…うん、ちょっと怒った。でもそれはれんがホンマはええ子やのに、他の人に悪く思われたないからやねんで?」

はそっと廉造を抱き締めて、れんのことが大好きやからやよ?と笑った。
廉造もぎゅう、との首にしがみついた。

「お母、怒るかな?」

「…ちゃんと謝ったら許してくれはるよ。」

「お父もおったら、どないしよ」

「だいじょうぶやよ、姉も一緒に謝ったるから。」

「…姉、ごめんなさい」


しおらしくなって謝る廉造には、しゃーないなぁと苦笑いしてから廉造を抱き上げた。 


「帰ろか」