わたしが中学に入って初めての夏休み。
柔兄と金、廉ちゃん坊、猫ちゃん。蝮に青、錦で明蛇の本堂のある山で一日中遊んだ。
皆はしゃいで山に入り遊んだけれども、山を下るときには遊び疲れて自然と口数も少なくなるからそんなときにはたいてい柔兄やわたしがいろんなお歌を歌い始めるのだ。
「まーるたーけえべすにおーしおーいけ」
直ぐに金造は一緒に歌いだす。金造は最近音楽に興味津々だ。
「あねさんろっかくたこにしき」
そして坊と猫ちゃんもそっと合わさる。
「しあーやぶったかまつまんごーじょう」
廉ちゃんもしんどそうにしていたけれども、黙ってひたすら下るよりもこっちの方が気も楽になると学習していた。
「せきーたちゃらちゃらうーおのたなっ」
最後になって宝条姉妹もまざる。
「ろくじょうさんてつとーりすぎ」
ジリジリと肌を焦がした太陽ももう下の端は山に隠れていた。
「しちじょうこえればはっくじょう」
少し皆の足も早まった。
「じゅうじょうとーじでとーどめさすっ」
そのあとも楽しげに歌いだすちび達をひっぱって柔兄と蝮、わたしは急ぐ。
「とーりゃんせとーりゃんせ こーこはどーこのほそみちじゃ」 「てんじん、さまのほそみちじゃ」
少し遅くなってしまった。
「ちーっととおしてくりゃせんか」 「ごようのないものとおしゃせん」
暗くなる前に帰らなければ。
「このこのななつのおいわいに おふだをおさめにまいります」
もうすぐ山を抜ける手前でガサリと音がした。振り向いても何もいない。
「いきはよいよい かえりは…」
歌を歌っていた弟、妹達も歌をやめて不安そうにわたし達を見上げる。
柔兄は坊をおんぶして金造に「一人でも走れるな?」と確認した。蝮は妹達の手をとる。わたしも廉ちゃんと猫ちゃんの手を握った。
嫌な予感がする。
「蝮、、金造」
柔兄がいくで、と駆け出した。
そのとたんに後ろでガサッと何かが草むらから飛び出す音がして、振り向いたらそこには、悪魔。
「急ぎや!」
柔兄は後ろを向いたせいで走るスピードの遅くなったわたし達を促す。
でも、金造、青や錦はともかく猫ちゃんと廉ちゃんはまだ小さいから足も遅い。
わたしがひっぱっても限度がある。
だんだんと悪魔との距離が縮まるのを感じた。
「…っ、猫ちゃん、廉ちゃん!先行きっ!」
わたしは二人を前にぐいと引っ張ってから立ち止まって後ろを向いた。
「さん、」
「姉っ」
「早よう!」
真言で刀を呼び出すことは教わっていたけれども、それにはまだ時間がかかるし、隙を生む。
わたしは素早く懐から小太刀を取りだし鞘から抜いた。
「!」
蝮が気付いて呼ぶけれども、それは青も錦も疲れがまわってペースが遅くなったから。
誰かが悪魔を足止めしないと全滅だ。
「だれか呼んできて!お願い!」
わたしは皆に背を向けたまま叫んだ。
だいじょうぶ、お父さんに習ったこと、いままでの修行の通りにすればええんやから。
悪魔はスライムのような身体を地面にズルズル引きずっていて高さもないから下段に構えた。
といっても小太刀だからリーチが足りない。
もう少し近くに来るまで待たないと。
しかし、悪魔が近付いて来ると凄い腐敗臭がして思わず顔を背けそうになったとき、お父さんの言葉が頭をよぎった。
―敵から目を離すんやない!
そうだ、しっかりしろ、わたし!
ちゃんと悪魔に向きなおる。
その瞬間アメーバのような見た目の悪魔の身体の一部が延びて襲いかかってきた。
それをしっかりかわして間合いを詰めて小太刀を上から突き刺した。
低い悲鳴のような声を上げた悪魔から小太刀を引き抜いて距離をとったら、なんと悪魔は突き刺した傷のところで真っ二つに分裂していた。
こいつとわたしの相性は最悪かもしれない。
無闇に刃をたてれずに悪魔の攻撃を交わしていたが、そのうち二体に挟み撃ちにされた。
仕方なく左腕を覚悟してガードに回したとき、
「オン・バサラ・ギニ・ハラ・ネンハタナ・ソワカ」
二つの被甲護身の印が悪魔を弾いた。
蝮と柔兄だ。
「坊達はっ」
ほっとしたけれども、ちび達の身が心配で聞くと蝮が「錦と青が連れて逃げとる!大丈夫や!」と答えた。
「金造が先に人呼びにいっとる。」
アイツはすばしっこいから、すぐに誰か来てくれるわ。
柔兄はわたしの腕を引いて下がらせてからにっこり笑った。
「三人で倒すで!」
柔兄の言葉にわたしは「うん!」と返事をして蝮も頷いた。
さっきまでとは違って二人が居るだけでとても安心する。
柔兄とわたしは前衛だ。
柔兄も流石に錫杖は持ってきていなかったから適当な棒を拾って構えていた。
「この悪魔、斬ったらそこから分裂してん」
わたしは小太刀を使うべきか迷い二人にさっきわかったことを告げると蝮は「せやから二匹なっとったんか」と考える。
「せやったらの小太刀は使わん方がええな…打撃でも分裂するか確かめるから、は俺の援護や!蝮は下がってろ!」
蝮は蛇を呼び出し操るぶん本人は無防備になりがちだ。
「言われんでもわかっとるわ」と蝮は少し下がった。
「時間稼ぎがあくまでメインや。無茶せんと行くで!」
柔兄に頷いてわたしは悪魔に向かって駆け出した。
悪魔は身体の一部を伸ばして鞭のようにしてきたから小太刀の峰を使ってそれを往なす。
もう一体、後ろから来ていたのは蝮が蛇で止めている。
「柔兄!」
柔兄がわたしの小太刀に払われて隙のできた一体を思いっきり棒で殴った。
ぐちゃり、と悪魔は潰れるがすぐに元の形に戻るとき、何かキラリと光る石のようなものを見つけた。
―これだ、
わたしはその石のようなものを小太刀で突くが固くて弾かれた。
「蝮ちゃん!これ!」
またアメーバのような身体がその石を覆いかけたとき、蝮の蛇がその石をくわえて放うり投げ、わたしは柔兄に小太刀を投げる。上手くキャッチした柔兄は地面に転がるそれに思いっきり小太刀を突き立てた。
パリン、とその石のようなものは砕ける。
それと同時にアメーバのような悪魔は地面に溶けるように消えていった。
まだ息が上がる中、三人で目をあわす。
「…やった?」
「…おん、もう気配もない」
「もう一体も消えとるからあの石ころが本体で当っとったんやろ」
緊張がほどけてぺたりと蝮は地面に座り込む。わたしもふらふらと投げ捨てた小太刀の鞘を拾いあげた。
柔兄はそんなわたしに近付いてきて小太刀を返してくれた後「怪我してへんか?」と腕とかを観てくれた。
そんなとき、出口の方から金の声がした。
「柔兄ー!蝮!ー!」
金は錫杖を持った八百造おじさんを連れてこっちに走り寄る。
八百造おじさんは辺りを見回し「悪魔は!?」と柔兄に詰め寄った。
「倒してん」
「は?」
「俺ら三人で倒せてもうた」
八百造おじさんは目を瞬いたけれども「そうか」とへにゃりと笑った。
金は誇らしげに「おれ、早かったやろ」と言うが柔兄に「アホ、とっくに俺らで倒してもうたわ」と言われて不貞腐れた。
帰り道では八百造おじさんに遅くまで遊ぶんじゃないとか子どもだけで悪魔と闘うなとかいろいろ怒られたけれども、最後に「三人ともよお頑張ったな。…無事で良かった」とくしゃくしゃと頭を撫でてもらった。
そしてその後虎屋の前で泣きじゃくるちび達を見て「とりあえず三人は罰として坊達をあやしとき」と言い残して八百造おじさんは退散した。
みんなをあやすのはそれはもうたいへんだったけれども、みんなの顔をみてやってよかったと柔兄と蝮とこっそり笑った。