てん、てん、てん、てん、
「まーるたーけえーべすーにおーしおーいけー」
メフィストに言われてこの山を総本山とする明蛇宗のご本尊である降魔剣をいただくために寺に侵入したは良いものの、予定が狂って満身創痍、更には看病までされてしまった。
「あーねさんろっかくたーこにーしきー」
そんななか成り行きでこの寺の魔障者を救うため薬を作ろうとしたのだけれども思った薬草が冬には肝心の葉がないもので、仕方なく何か代わりのものは無いだろうかと画策していたとき、少し上の方からどこか懐かしいような歌が聞こえてきた。
「しあーやぶったーかまる…ま…」
近づいてみると、藪だと思っていたそこには小道があり少し上へ繋がっているようだった。
「しあーや…ぶったーか…」
薬草も探すついでにと歌のする方へと足を進めた。
「まー、つまる?…ま、ま…」
藪を抜けた開けたところで、簡単な着物を着た少女が手鞠をついていた。
少女は歌の途中で躓いて続きが思い出せずにうーとかあーとか唸っていてその姿が可愛らしくてクク、と笑いがこみ上がる。
「八百造おじさんっ…あれ?」
少女はその笑い声に気づいてパッとこちらを振り返った。
しかし、少女が予想していた人物とはもちろん自分は違ったわけで、少女は二、三度目を瞬いたあとコテンと首を傾げた。
「おじちゃん何してはんのん?」
「あぁ!?俺のことかよ!?」
この俺を捕まえておじさん呼ばわりした少女は俺が怒鳴ってもビビらずに「おじちゃん明蛇のものやないん?」と毬を抱えて近付いてきた。
物騒な時代に随分と無防備で呆れてしまう。
「かってにここの山に入っちゃアカンって、和尚さまがゆってはったよ」
「…ここの寺の子供か?…とにかくガキ、俺はおじちゃんじゃなくてお兄さんだ。わかったか?」
「…わからへん…ごめんなさい」
「…このくそガキっ、チッ、病気で寝込んでる奴らの薬を作るんだ。問題ねぇだろ」
生意気なガキだ、と悪態をついてから本来の仕事を思い出して薬草探しをしようとしたけれども、ガキは相変わらず人見知りせずに話しかけてくる。
「おくすり?でも、みんなのびょうきはおいしゃさまでもなおせへんから仏さんにおねがいせなアカンって、」
「バーカ。おれら祓魔師なら治せるんだよ」
そしてそのためにはなるべく早く薬草を見つけなければならないわけだ。
とりあえずここの広場を見て回ろうとしたとき、ガシッと足にガキがしがみついてきた。
「みんなのびょうき、なおるん?」
いくら俺でもまだ小さなガキを振り払うなんてできずに「治すんだよ。だから早く離せ」とガキを離そうと引っ張った。
「お歌のつづき、わすれてもうたの。蝮ちゃんにきかんとアカンもん。それに、柔兄にこんど木のぼりのコツおしえてもらうってやくそくしたん、」
ガキは俺の足から引き離されて少しふらつきながらも必死に俺を見上げてきた。
「できるかなぁっ、まむしちゃんも、じゅうにぃも、元気になるん?」
自然と上目遣いになっているガキは大きな瞳をもっと大きくして必死に涙を溢さないようにと堪えていた。
「…あたりまえだろ。仕方ねぇな。急ぐか。」
俺はそんなガキの頭を乱雑に撫でてもしかしたら、と聞いてみることにした。
「この辺りで何か薬草…今の時期でも花だったり葉がピンピンしてる植物を何か知ってるか?」
ガキはしばらく考えたあと、「はす」と呟いた。
上出来だ。
「案内しろ」
無事に代わりの薬草を発見、採取したあと寺に戻ってからはそりゃもう‘てんてこまい’だった。
特に、勝呂達磨とガキが。
「藤本君!お湯沸かしたで!」
「ふじもとくん!この草どないすればええ?」
「はぁぁあ!?何ガキのくせに馴れ馴れしく呼んでやがんだ!?」
とことん生意気なガキにツッコミつつも「草じゃなくて鹿子草だ!その湯に鹿子草と大根の葉を浸けて十分位煮詰めてから鹿子草を取り出して磨り潰したハスの実を入れろ」と指示を飛ばす。
初めて作る薬湯に達磨とガキはわたわたしていたが、気付いたときには手際よく作っている二人がいて、出来上がった薬湯を配りに行く段階まできていた。
まだ元気な門徒達が薬湯を持って行く中、達磨は妻に飲ませてくると危なっかしく薬湯を乗せた盆を運んでいき、台所に残ったのはガキと俺。
「お前は行かなくていいのかよ?」
あれだけ友達や皆を心配していたくせに、とガキを見て驚いた。
「うん、みんな助かるんやろ?せやったらわたしはあとでええねん。」
ガキのくせに、いろいろなものを堪えている出来損ないの大人みたいな顔をしていたのだ。
「…ふじもとくんは祓魔師なんやっけ?」
「ああ。」
「祓魔師やったら、明蛇にできんこともできるん?」
「祓魔師は世界的に組織を組んでいるからこんな山に籠ってるとこよりかは情報も集まるからな。医工騎士の称号をとればこれくらいの魔障なら簡単に治療できる。」
ガキは半分は理解できなかったようで首を傾げていたけれども、そっかと頷いた。
「…わたし、お祓いの舞をしてたん。」
俺は黙って先を促した。
「でも、ぜんぜんアカンかった。みんな良ぉならんし、達磨さまはよぉがんばったってほめてくれはるけど、なんもかわらんくて、」
涙声だからてっきり泣いてると思ったガキは必死に涙を堪えていた。
「せやから、ありがとう、ふじもとくん。」
へんな笑顔を向けるガキは痛々しかった。
ガキのくせに、何強がってんだ。
ガキのくせに、遠慮ばっかしやがって。
俺はガキを思いっきり抱き締めた。
「悔しかったな。怖かったな。もう、大丈夫だ。」
「ふじもとくん、はなして!なんなんいきなりっ」
腕のなかで暴れるガキに呆れる。
ガキなら素直に大人に甘えとけよ。
「もう、頑張らなくていいんだ。もう、泣いても大丈夫だ。」
よく、頑張ったな。
ガキはとたんに泣き出した。
小学校に入ったばかりくらいの子供に耳元で本気で泣かれたらそれはもう鼓膜が痛くて仕方なかったけれども、子供も悪くないなんてガラにもなく笑ってしまった。
結局俺は明蛇からは追い出されることになったのだけれども、勝呂達磨とガキ、に助けられて無事に当初の目的の降魔剣を手に入れた。
―いいのか?俺はこれを使ってガキを殺すぞ
―いいや。君は殺さへん。わたしにはわかる。、麓まで案内できるな?
―じゃぁな。道案内助かった。
―ううん。こっちこそやもん。ふじもとくん、たすけてくれてありがとう
どいつもこいつも、好き勝手に言いやがって。
とにかく、メフィストにこの剣を。
そのあとどうするかなんて、そのとき決めれば良いのだから。