ついに日本を発つ日が来た。
ホームステイまでの二ヶ月、毎日缶詰めでとにかく英語のアルファベットから単語、文法と詰め込み学習をしたが、まだまだ日常会話なんてレベルではない。
上手くやっていけるのだろうかと不安もあるが、はそれ以上に魔法や新しい生活にわくわくしていた。
両親とはこの空港でお別れだ。クリスマス休暇は短いので、ホームステイ先の家で過ごし、来年のなつやすみに二週間日本に帰る予定だった。
は両親と別れの挨拶をしたが、母親の瞳に涙が浮かんでいるのをみて驚いた。は両親が自分を気味悪がっているのに気が付いていた。両親との間に壁を感じていた。でも自分は両親の愛情には気が付いていなかったのだ。
鼻がツンとしたが、は笑顔で両親を見た。「お父さん、お母さん、ありがとう。わたし、きっと一人前の魔女になる!」最後は掠れてしまったが、そう告げて返事を待たずにゲートへと走った。
今はまだ、恥ずかしくて、ちゃんと向き合えないけれど、ホグワーツを卒業して、一人前の魔女になれたら、今度はちゃんとお父さんとお母さんの目を見て言えるようになるかなぁ?
ありがとうって。
ロンドンまでの飛行機で、英語の復習をする。
リスニングを重点的に、特別にもらった魔法界用語の単語帳もチェックした。
授業ではきっと日常会話では使わない、日本語にしてもよくわからない用語が飛び交うのだろう。
ついていけるか不安になるが、はそれを振り払い復習に没頭した。
ロンドンに着き、ゲートをキョロキョロしながら歩く。以前に貰ったホストファミリーの写真―魔法界の動く写真だ!―を片手に探すが人が多くてなかなか見付からない。は子供なので大人が多いここでは前だって充分に見えない。
周りの大人たちに飲み込まれて思ったとおりに歩けずに不安が最高潮まで達したとき、「Excuse me?」と後ろから声がした。
振り返ると自分より頭ひとつ高いところに、澄んだグレーの瞳が見えた。優しげな笑顔にさっきまでの不安がすっと和らぐのを感じた。
この人だ。
「君が、?」
「あ、えっと、はい。はじめまして、わたしの、名前、は、です!」
あれだけ練習した自己紹介も咄嗟には出てこなくて詰まりながらなんとか英語を話す。
「えっと、あなたは、」
写真で見た男の子は写真よりもずっと素敵な人だった。そして、もたつきながら話すをゆっくりと待ってくれている様子はお話や映画の中に出てくる良いお兄さんといった具合だ。名前は…
「セドリックだよ。セドリック・ディゴリー。こんにちは、。長旅で疲れただろうから、まずは僕の、いや、僕たちの家に行こう。そこでゆっくり皆でお昼を食べて話そう。荷物を貸して?」
勉強はしていても、突然のネイティブの英語に付いていけないでおろおろしているをみて、セドリックはごめんね、聞き取りにくかったよね、とゆっくりとわかりやすくに繰り返しながらのトランクを持ち、空いた手で彼女の手をひいた。「、あっちに父さんがいるんだ。手分けして君を探していたんだ。さぁ、行こう。」
左にだけえくぼのできる、素敵な笑顔だった。
セドリックに手を引かれて人混みから抜け出すとすぐに「セド!見つかったかい!?」と大きな声がした。
「うん。見つかったよ。」
はセドリックの後ろから出てお辞儀をしてさっきよりは落ち着いて「はじめまして。・です。」と言うと、写真で見たよりふっくらしている彼はにっこりと笑いにハグをした。
「エイモス・ディゴリーだ。会えて嬉しいよ。家内は今家で料理中だ。一緒に迎えに来る予定だったんだが、手の込んだものを作りすぎたみたいでね。」
そう笑うとエイモスおじさんは「さぁ、いい加減手の込んだ料理もできているだろうし帰ろうか。息子や、ちゃんとがはぐれないように見とくんだぞ」と歩きだした。
「、ちゃんと握っておいてね」
セドリックはの手をひいて空港を後にした。
写真で見たときも、本当にホグワーツの新一年生には見えないくらい幼いと思っていた子は、実際に見るともっと幼く見えた。
アジア人だからかもしれないが、身長のせいや、初めての土地での不安そうな様子はいっそうを幼くみせる。
セドリックもはじめみたときは、迷子の子がいると思い声をかけようかと近付き、そのときやっと彼女が写真で見ただと気が付いたのだ。
ホグワーツ三年生以上で、日本人を受け入れるホストファミリー募集の知らせを聞いて母さんが、「セドは格好良いけれど、わたし、可愛い娘も一度は欲しいわ。」と言い出したのをきっかけに、ディゴリー家はを受け入れることになった。
初めは学年も違えば性別も違う自分がホストファミリーなんて、正直どうすれば良いのだろうと戸惑っていた。
もともとは、ウィーズリー家が―アーサー・ウィーズリーは大のマグル好きで、留学生が日本のマグル界出身と聞いて我こそがと名乗り出たらしい―のホストファミリーを希望していたが、生憎空き部屋も無く、ちょうどマグルと魔法界の間で大きな問題がありアーサーはその処理に追われていたため、それどころでは無かった。その次に名乗り出たのがディゴリー家だ。
しかし、セドリックはホームステイの受け入れを手放しには喜べなかった。妹のいる友人は、女の子はホントにませるのが早いと早めの反抗期を迎えている妹に手をやいている様子だったし、共通の話題もマグルと魔法使い、更には日本とイギリスとなるとあるのかも疑問だった。
そもそも仲良くするのも嫌がられるかもしれない。
生き生きと準備を進める両親とは反対にセドリックは不安の方が大きかったのだ。
だが、実際にに会ってみるとそんな不安はどこかへ消え去った。
辿々しい英語で必死になにか伝えようとするは愛らしくて友人の言う“おませさん”とはかけ離れていて、僕もまだ子供だけれども、その僕からみてもは守らなければと思ってしまうほど幼かったのだ。
父を探すため動くときには、は放っておいたら人混みに流されてしまいそうで心配で、気が付いたら手をひいていた。
そしてすこし安堵したようにふにゃりと笑ってそっと握り返してくる小さな手すらも可愛かった。
―素晴らしい夏期休暇を送れそうだ
セドリックは期待に胸をふくらませた。
人気の無いところへ一家はマグルの中を歩いて移動して、エイモスは「あぁ、これだ」と古びてカビの生えた皮の手袋を拾い上げた。
行きに使った移動キーだ。
だが、そんなことを知らないは訝しそうに手袋を見ているのでセドリックが「魔法使いの移動手段のひとつなんだ。指一本でもいいから触れておいて」と説明するとは頷いて恐る恐る手袋に触れた。セドリックもの荷物をしっかり抱え直して手袋に触れる。
「準備はいいね?」
エイモスはそう確認すると、手袋を持っていない方の手で持った杖を振った。
風を切るような感覚の後エイモスとセドリックはしっかりと地面に着地したがは尻餅をついていた。
『痛っ!』
「大丈夫?」
日本語でー恐らく悲鳴のようなー何か言ったにセドリックが手を差し出して起こすとエイモスがお芝居のように両手を広げて言った。
「ようこそ、ディゴリー家へ!」
ディゴリー家は山に囲まれた湖の畔にある白い一軒家だった。
湖の周りは野花の花畑があり、蝶が舞う童話にでも出てきそうなくらい絵になる光景だ。
が思わず歓声をあげるとエイモスは少し照れながら笑う。
「家内の趣味なんだ。私やセドには可愛すぎるだろう」
セドリックも苦笑する。
「母さん、の部屋も準備したんだけど…きっと気に入ると思うよ。」
三人で白い家へ向かって花畑を歩いていると、家のドアがバタンと開いてダークブラウンの髪の女性が飛び出して来た。
「おかえりなさい、エイモス、セド!…それで、は?」
は背の高いエイモスとセドリックの後ろにすっかり隠れてしまっていたと気付いて二人の間から顔を出すと女性は「まぁ!」とを見ると駆け寄ってハグをした。
「はじめまして。ロベルタ・ディゴリーよ。」
「あ、はじめまして、・です」
ロベルタはの頬にキスをして「さぁ、入って!せっかくの料理が冷めちゃうもの」とを家へと促した。
玄関には可愛らしいウェルカムボードが立て掛けてありリビングには黄色がメインの花束がガラスの花瓶に飾られていた。
テーブルにはレースのクロスがピッチリと張られていて湯気のたつスープが準備されている。
台所ではオーブンが真っ赤になって何かを焼いていて良いにおいがしていた。
「はここに座ってね。長旅で疲れたでしょう?セド、の荷物を部屋まで運んであげてね。」
「もう運んでおいたよ、母さん。」
「まぁ、さすがね!じゃぁ席についてね。エイモス、貴方も。」
ランチはとても楽しかった。
オニオンスープに、サラダ、自家製パンにローストビーフ、デザートにはロベルタ自慢のアップルパイだ。
の英語は拙かったが三人はできる限りゆっくり話したし、についての質問をしたりと比較的でもわかりやすい話題ばかりだったのでもストレスを感じずに会話ができた。
途中でロベルタはにmamと呼ばせようとしたりyam yamだとか他にも、"可愛らしい"表現を使わせようとしたがセドリックが「母さん、が学校で困るよ」と止めた。
すっかり食事を終えて紅茶を楽しんだ後、は部屋へと案内された。
の部屋は花柄の壁紙でベッドにはピンクのシーツ、インテリアもこの家のように可愛らしくメルヘンな様だった。
ちょっと飛んで、
は庭でセドリックに子供用の箒に乗せてもらい、ふわふわと浮かびながら彼がクィディッチの練習をするのを見物していると、
セドリックの近くの窓からロベルタが顔を出した。
「セド、貴方明日はケヴィンとダイアゴン横丁に遊びに行くんでしょう?」
セドリックは一回宙返りをしてから窓の横に浮かぶ。
「うん。新学期の準備もあるから。10時に待ち合わせしてるんだ。」
「じゃぁ、わたしは明日と一緒に学校に必要なものをダイアゴン横丁で揃えておくわ。」
「え?違う日にしないの?それなら僕も手伝うのに。」
「あら、わたしだってたまにはとゆっくり遊びたいのよ。いっつもセドが独り占めしているのだもの。たまには良いでしょう?帰りの荷物持ちはお願いするわ。」
お昼御飯の支度途中だったロベルタは、鍋が噴きこぼれかけているのに気づいて「に言っておいてね」と
あわててキッチンへ顔を引っ込めたので、セドリックは、わかったよ。と頷くと子供用箒でゆっくりとこっちに向かって来ているに言った。
「明日、は母さんとダイアゴン横丁で買い物だよ。」
「セドは?」
「僕は友達と会うんだ。でも行きと帰りは一緒だよ。」
セドリックがゆっくりとわかりやすい英語で簡単に煙突飛行について説明すると、
は英語の発音が苦手だから上手くいくだろうかと不安がったので「ダイアゴン横丁、ダイアゴン横丁!」と発音を練習しながら箒で遊んだ。
「大丈夫だよ。箒だって最初はは怖がってたけど、もうすっかり乗りこなしてる。」
セドリックの笑顔にもニコリと笑った。
煙突飛行で無事にダイアゴン横丁まで着くと、セドリックと16時にフローリシュアンドブロッツ書店で落ち合う約束をして、ロベルタに手を引かれてはダイアゴン横町に繰り出した。
そこにはにとっては物珍しいものばかりで目がいくつあっても足りない!と思わず思ってしまった。
大鍋屋さんに、薬の材料屋さん、箒屋さん…とたくさんの店が並ぶこの横丁はとても人が多い。
はまずグリンゴッツで両親から貰ったマグルのお金を両替してすぐにロベルタに連れられて制服を買いに行った。
制服の採寸は朝一だったのでスムーズに終わり、ディゴリー家まで配達を手配してそのあとは大鍋を買いそれを鞄代わりに中に
薬瓶セットや望遠鏡、秤に羊皮紙、羽ペン等必要なものを買っては放り込んでいった。
「教科書は重いから、セドと合流してからにしましょうね。…あとは、杖ね。」
ロベルタに手を引かれてついたオリバンダーの杖屋はかなりの老舗のようだ。
ディゴリー家も皆ここで杖を買ったらしい。
中に入るとオリバンバンダーには様々な箇所を測定されて、まずはこれをどうぞと杖を一本渡された。
だが、この杖を振ってみても何も起こらず、次に渡された杖はオリバンダーをボールのように地面に三度跳ねさせてしまったが、
三本目の「桜の木、7インチ、しなやか。芯には月の石を使っています」と渡された杖を握ったときに、これだ!と感じた。
が滑らかに杖を振ると、淡いピンクの桜の花びらが店中に舞い、それを見たロベルタは思わずふぅと溜息をついた。
「ブラボー!!ジャパニーズ“ワビサビ”!!」
オリバンダーも拍手をしての初めての魔法を褒め称えた。
その杖を買って外にでると、ロベルタは「流石に疲れたわね。遅くなったけれどもお昼にしましょうか」と歩き出したが、人混みに流されはどんどんとロベルタから離れてしまう。ロベルタは荷物で両手が塞がっているのでとは手を繋げなかったし、お昼時をだいぶん過ぎていたので早くご飯にしようと気持ちが焦っていてすぐにはがいなくなったと気付かなかった。歩き出してからほんの30秒もたっていないのにがいないと気付いたときにはロベルタには彼女がどこにいるのかさっぱりだった。
「あぁ!どうしましょう!?」
とにかくロベルタは来た道を人の波に逆らって戻り始めた。
一方は、人に阻まれてロベルタの姿が見えなくなってから完全にパニックだった。
外国の、しかも魔法界で初めての一人。
心細くてたまらなくなり鼻がツンとして目に涙の膜ができて視界がぼやける。
どうしようもできなくて思わず走り出したそのとき、
はぼふん、と柔らかくて大きなものにぶつかってしりもちをついた。その拍子に、ため込んだ涙がポロリと零れる。
それを見て、ぶつかった大きな…男の人は慌てだした。
その人の後ろにいた男の子も駆け寄ってくる。
「あーすまねぇ、大丈夫か?これを…」
大きな男はわたわたとポケットをあさってピンクの大きなハンカチを取り出したが、一緒にいた男の子は
そのしわくちゃでところどころシミのある大きなハンカチを見るとぎょっとして、素早く自分のポケットから
くたびれてはいるけれども清潔なのを取り出すとそっとに渡した。
「だいじょうぶ?痛かった?」
は首を横に振った。
しかし、泣きながらでは説得力は無い。男の子はそのハンカチでそっと顔を拭いてくれた。
「あー迷子か?ここは人が多いからなぁ」
大きな男はの周りを見渡して合点がいったようにしゃがんでと視線を合わせて尋ねた。
大きな男の英語は訛りがキツくてには上手く聞き取れなかったが、迷子という言葉だけはしっかりと聞こえた。
そして迷子、と言われてはますます涙が止まらなくなった。
迷子なんて、幼稚園の子や低学年までだと思っていたのに…!
黙りこくってしくしく泣く異国の少女に大きな男と男の子が困り果てていたとき、「!」と走りよってくる女性が見えた。
自分を呼ぶ声がしてが振り向くと、血相を変えて駆け寄ってくるロベルタがいた。
「!」
ロベルタはをぎゅっと抱きしめて両頬に素早くキスをしてまた強く抱き締めた。
「あぁ、、見つかって良かったわ!ごめんなさいね。見失ってしまって…怖かったでしょう?…あら?ハグリッド?」
ロベルタがにそう言いながら頬擦りをした後、やっと彼女は大きな男…ハグリッドに気がついて声をかけた。
男の子がハグリッドを見上げて「知り合いなの?」と尋ねると「あぁ、元ホグワーツ生だ」と頷いてロベルタに笑いかけた。
「ロベルタ、久し振りだな。そのこは…」
「うちにホームステイしている可愛い“娘”のよ。」
ロベルタはようやくから離れてハグリッドと向き合った。
「じゃぁ、ハリーと同じホグワーツの新入生か!」
ロベルタはハリーと聞いて思わずハリーを凝視したがすぐに「まぁ、そうだったの。はまだ英語が上手じゃないけど、ホグワーツではどうか仲良くしてね」とハリーに微笑んだ。
しかしはこれから同級生になる人に迷子で泣いていたところを見られたなんて!と恥ずかしくてロベルタの後ろに隠れたが、ロベルタにちゃんと挨拶なさいと言われてしぶしぶ顔を出して「はじめまして、・です。」と言った。
するとハリーはやんわりと笑って「僕はハリー・ポッター。よろしくね」と返した。はその笑みに少し落ち着いて「あの、さっきは、ハンカチ、ありがとうございます」とお礼を言うとロベルタに今度はしっかりと手を引かれて行った。
二人を見送ってハリーがハグリッドに「ホグワーツは飛び級があるんだね」と感心したように言うのでハグリッドは「いんや、ホグワーツに飛び級はない。あの子もお前さんと同い年さ!」と笑って目をまるくするハリーを次の店へと促した。
遅めのお昼を食べるともうすぐ約束の時間だったので、二人は待ち合わせ場所の書店へと向かった。書店の前では、セドリックがもう待っていた。
「おまたせ、セド。楽しかった?」
ロベルタに声をかけられてセドリックは立ち読みしていたクィディッチの雑誌を棚に戻した。
「うん。時間が余ったからケヴィンと一緒にクィディッチ専門店とかをまわってたんだ。そっちは?」
「ちょっとトラブルがあったけど、教科書以外は無事にすんだわ。でも学校のもの以外を見る時間はなかったのが残念ね。」
「トラブルって?」
セドリックが眉をよせて聞くとはロベルタに「ないしょにして、お願い」とお願いしたが、セドリックが「、目が少し腫れてるよ?もしかして、泣くような酷いトラブルだったの?」と目敏くの腫れた目を見付けて指摘するとも観念したようなので、ロベルタが言った。
「わたしが目を離しちゃって、迷子になっちゃったのよ。」
ほら、両手が塞がっていたからとロベルタが両手で抱えていたバッグ代わりの大鍋を見せるとセドリックはそれを受けとり片手で持って、空いた方の手での手をしっかり握って「これで大丈夫だね」と微笑むと三人は二手に別れて教科書を探した。
9月1日、ホグワーツへ行く日、煙突飛行でロンドンまで来たディゴリー一家はキングスクロス駅のプラットホーム、9と3/4号線でお別れの挨拶をしていた。
「セド、をお願いね。元気にやるのよ。」
「着いたら手紙を出すんだぞ」
「うん。任せて、母さん、父さん」
「も、何かあったらすぐにセドや、梟でわたし達に言うのよ。」
「クリスマスまで会えないなんて、寂しいな…、楽しんでおいで」
「はい!おじさん、おばさん、ありがとうございます!行ってきます!
」
ベルが鳴り、エイモスとロベルタと別れのキスをして、二人の姿が見えなくなるまで窓から手を振った。
ホグワーツ特急でのコンパートメントは、セドリックの友人、ケヴィン・ターナーと三人だった。
「はじめまして、。俺はケヴィン・ターナー。よろしく。」
「あ、わたしの名前、は・です!よろしくお願いします!」
ケヴィンはセドリックの親友で、ハッフルパフの新三年生らしい。セドリックと同じで優しいが、口はケヴィンの方が達者でホグワーツへの道中はケヴィンが場を盛り上げた。
途中の車内販売でお菓子を買って皆で食べたり、彼らと同じ学年の悪戯好きの双子にされた傑作だった悪戯の話―セドリックは学年首席で勉強はできるが、どこか抜けているからかよく標的にされているらしい―をしたり、ハッフルパフや他の寮の話にダンブルドアの噂や陰険な魔法薬の先生の物真似などをしたり話しているとあっという間に駅に着いた。
「、ネクタイが曲がってるよ。」
すっかり話し込んでいたので時間ギリギリに慌てて着替えたからの制服は所々乱れていたのでセドリックがチェックする。その様子を見てケヴィンは「ほんと、セドはお兄ちゃんが板についたな」と笑い「、セドお兄ちゃんがうっとおしくなったらいつでもケヴィン兄ちゃんのとこへ来いよ」との髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「ケヴィンにはもう妹がいるじゃないか」
セドリックはせっかく整えたのにぐしゃぐしゃにされたの髪を直しながらムッとして言うとケヴィンは肩を竦めて言った。
「お〜恐っ!だから、前にも言ったけど、俺の妹はおませさんでみたいに素直じゃなくてつまんないんだよ。学校もホグワーツが気に入らないとかいって、違う所に入学するしさ。」
そんなふうに話していると一年生を呼ぶ声がしたので二人とはここで別れた。
「一緒の寮だといいね。」
「また後で!」
「うん!またね!」
一年生は暗闇の中舗装されていない道をぞろぞろと列になってハグリッドの後を黙々と歩いた。その道は獣道といった感じで木の根で躓かないようは必死に目を凝らしていた。そして少し開けた所でホグワーツの城が見えて皆が歓声を上げる。
そのあとは四人でボートに乗り込み城へと向かった。一緒のボートに乗った子はパーバティという綺麗な女の子で簡単に自己紹介をしあって二人でホグワーツの門をくぐった。
そこから引率はマクゴナガル教授という、厳しそうないかにも魔女という出で立ちの先生に代わり、組分け行事についての簡単な説明をした。
ホグワーツには四つの寮があり、ホグワーツでの生活は寮を中心に送る。そして、良いことをしたら寮の得点になり悪いことをしたら寮の減点になり、一年を通してそのポイントを四つの寮で競っているらしい。
マクゴナガル教授はそう説明を終えると組分けの準備のため一旦広間へ消え、それと入れ違いに真珠色のゴースト達がやってきて隣のパーバティが悲鳴をあげたが、ホグワーツではこんなゴーストはたくさんいるようで、ゴースト達は新一年生達ににこやかに挨拶をして去っていった。
そんなこんなでいよいよ組分けの準備も出来たようで、新一年生は大広間へと通された。
そこには四つのテーブルが並び、それぞれにホグワーツの先輩達が寮ごとに別れて座り新一年生を興味深そうに眺めていた。
組分けは草臥れた継ぎ接ぎだらけの帽子を使って行った。
この帽子はなかなか賢いらしく、継ぎ接ぎの裂け目が口のようにパクパクと動き、被った人の行くべき寮を大声で叫んだ。
だいたいの人はかぶって少しの間の後寮が決まったが中には被った瞬間に決まったり、以前、ダイアゴン横丁で会った少年、ハリー・ポッターのときのように、しばらく時間のかかる人もいた。ハリー・ポッターは有名人だったらしく彼の名前が呼ばれると広間はざわめき、グリフィンドールに決まると一際大きな歓声がグリフィンドールのテーブルからあがった。
「・!」
そんな中マクゴナガル先生がの名前を読み上げた。は上級生の視線を感じながらガクガクと緊張で震える体で先生のもとへ向かう。
途中で目があったセドリックが優しく微笑んだので少し気持ちは楽になれた。
マクゴナガル先生から帽子を受け取り被ると耳元でしゃがれた声がした。
ー帽子の声だ。
「うむ…難しいようで、わかりやすい。君は勤勉さもあるし、賢くもある。だが、君がそれを発揮できるのは、溢れる好奇心、冒険心、未知のものへの興味があるからこそ…グリフィンドール!!!」
は思わずハッフルパフのテーブルのセドリックを見たが、セドリックが口パクで「おめでとう」と言うのをみて、帽子をマクゴナガル先生に渡してグリフィンドールのテーブルへと行った。
「ようこそ、グリフィンドールへ!」
「君は、アジアのどこの国出身なんだい?」
上級生達が次々と話しかけてくれるので、それに戸惑いつつもなんとか答えて空いている席についた。
隣には茶色いふわふわの髪の女の子が座っていた。がじっとその髪を見ているとその子と目があった。
「はじめまして、わたし、ハーマイオニー・グレンジャー。貴方は?」
「あ、!・です。日本から来ました。」
そう答えてハーマイオニーと握手をする。
「とっても遠いところから来たのね。日本には魔法使いの学校は無いの?」
「えーっと、わからないです。学校…は無いと思います。でも、山はあります。」
「山?」
はホグワーツからの入学案内が来る前に聞いた話を思い出しながらしゃべった。
「はい。修行をするため、皆で見つからないように山奥で、暮らしたりしてる、らしいです。」
「へぇ…すごく興味深いわ。今度調べてみようかしら。」
そのあとはハーマイオニーとパーシーという、監督生の先輩と学校での授業や生活について話した。二人ともが英語がわからずにいたりすると親切にわかりやすく言い換えたりして教えてくれたので助かった。
ダンブルドアの話
パーシーに案内されてグリフィンドールの寮へ向かう途中、「あ、」と後ろから声がした。
振り返ると、そこにはあの、ハリー・ポッターという、有名人らしい男の子が居た。
「君、ダイアゴン横丁で迷子になってた…」
「言わないで!!」
自分の恥ずかしい失態をばらされそうになって咄嗟にはそれを遮った。しかし、ハリーの隣に居た赤毛の少年はしっかり聞こえたらしく、「迷子だって?」とを見たが、ハリーは彼の袖を引っ張って黙らせた。
も突然大声をあげたことに恥ずかしさを感じて慌てて謝った。
「あ、ごめんなさい。あの、えっと、あのときは、ありがとうございました。わたし…」
「気にしないで。僕こそその…ごめんね?僕はハリー・ポッター。今までマグルのいとこの家で暮らしてたからあまり魔法界に詳しくないんだ。」
「わたし、・です。日本から来ました。わたしも、日本のマグル界出身だから、きっと、あなたより、わからない、魔法界は…だから、こちらこそ、宜しくお願いしますね!」
そう笑顔で二人は改めて握手をして、赤毛の少年をチラリと見た。少年はそれに気付いて自己紹介をした。
「あー、僕はロン。ロン・ウィーズリー。君、アジアから来たの?」
「はい。日本から来ました。」
「サムライ、ゲイシャの?」
ロンの言葉には「今、日本は、そんな人は、滅多に居ないです」と笑った。
そのあとは三人とも疲れきっていたからピーブスというポルターガイストが悪戯していてもたいして反応せず、パーシーの教えてくれた合言葉だけ覚えてすぐに寮の自分のベットに寝転んだ。
はハーマイオニーとラベンダー、パーバティと同じ部屋だったが他の三人も同じく疲れきっていたのでと同様にすぐに眠ったようだった。
「起きて、。」
身体が揺さぶられてうっすらと目を開くと、レースのカーテン越しの朝日がすこし目にしみる。
「もう、いっつもこうなんだから。朝食を食べ損ねるわよ」
シーツを剥がされて仕方なく身体を起こすと、腰に手をあてた少女が呆れたと溜め息をついている。
「…おはよう、ハーマー。」
「おはよう、。」
グリフィンドールに組分けされた次の朝から、は毎朝ハーマーことハーマイオニーに起こしてもらうのが日課だった。―ハーマーとは同じ部屋になって、自己紹介しあったときに、がハーマイオニーと上手く発音できず苦心していたら、「仕方がないからハーマーでいいわ」とお許しを得た呼び方だ。彼女はあまり愛称で呼ばれることを好んでいない。―
同じく同室のパーバティやラベンダーはまだ寝ているが、彼女たちはちゃんと自分で起きられるし、ギリギリまで寝ていたいらしいのでまだ夢の中だ。
はさっと着替えて顔を洗い、髪に何度かブラシを通した。
僅か三分、これで仕度は完了だ。
待ってくれていたハーマイオニーはをチラリと確認して、「寝癖がついてるわ」との前髪に何度か手櫛を入れて満足して頷くと「行きましょうか」と食堂へ向かった。
朝食のときにもハーマイオニーはのことを気にかけて「そんなのばかり食べていたら病気になっちゃう!」とサラダやらフルーツを次々と皿に盛る。
はされるがままに「ありがとう」とお礼を言って食べられるぶんだけをバランス良く食べた。
フクロウ便の時間には二人はすっかり朝食を食べ終えて、手紙を受けとると授業の準備をしに早々に寮へ戻る。
はベッドでロベルタやエイモスからの手紙を読んで返事を書いて、ハーマイオニーは授業の予習だ。
もちろん、手紙が無かったり返事を早く書き終えたときはも一緒に予習をする。
同室のパーバティとラベンダーはそんな二人を見て「真面目すぎるわ!」と言うが、は予習をしないと馴れない英語での馴れない魔法の授業についていけないので、予習をしてせめて使われる単語の意味だけでも知っておきたいのだ。
この間の魔法薬の授業なんて悲惨だった。まず、スネイプ先生の声は低く遠くに先生がいるときにはとても聞き取りにくい。おまけに皮肉を織り交ぜているので先生の言い回しはにはなかなか理解できないことも多かった。授業のはじめにハリーがいろいろ言われていたが、まずそこからサッパリだ。
幸い材料の名前や分量は黒板に書いてくれていたのでそれを見てなんとかできたが授業中の細々とした注意もわからず、ペアのハーマイオニーに教えてもらいなんとかなった次第だ。そんなこともあってか、は雰囲気も意地悪そうなスネイプ先生がネビル程ではないが、苦手だと感じた。…もちろん、魔法薬学は興味深いが。
授業の移動もハーマイオニーはすぐに覚えて、まだ覚えきれないでいるに「ほんとにしょうがないわね」と言いながらも「、急いで!階段が向こうへいっちゃうわ」と何かとの世話をやいていた。
これからもわかるように、入学からしばらくたって、はハーマイオニーとだいたいの行動を共にしていた。
ハーマイオニーの英語は―彼女が興奮していなければ―はきはきと、区切ってあって、にはとても聞き取りやすく解りやすかった。
もちろん、普通の女の子たちのしている噂話などといった類いの話にも興味はあったが、まだそこまで砕けた表現や速い発音に付いていけないは自然とハーマイオニーといる時間の方が長くなったのだ。
ハーマイオニーの話は確かに他の人が言うように、説教めいていたりうんちくや勉強の話ばかりだったが、は知らないことを教えてもらうのが好きだったし、彼女のお節介はまだホグワーツにもイギリスにも慣れないには調度良くて助かった。それに呆れても結局ハーマイオニーはいつもを気にかけてくれて、しっかりしているようでどこか抜けてるハーマイオニーがは好きだった。
ハーマイオニーもまた、自分の話を真剣に聞いて、たどたどしくはあるがそれについて自分では考えもしなかった視点からの質問をしてくるに、新たに気付かされるところがあったり、お節介な自分に好きなように世話を焼かせてくれるが好きだった。
夕食の後の就寝時間前に中庭での話を聞いていたセドリックはにも無事に友達ができたようで安心していた。の英語はまだ辿々しくてライティングは問題ないが、スピーキングとリスニングはまだ慣れないため会話をするのに根気がいる。
セドリックは丁寧に話を聞いて、彼女がなんて言えばいいのかわからなくなるたびに一緒に考えるのが好きだが、それが煩わしく感じる人も居るだろうと心配していたのだ。
でも、「セドと一緒のハッフルパフが良かった」と拗ねていたはじめの頃を思うと嬉しくもあるが、少し寂しくもある。
二人は学年も違えば、談話室も寮で別れているし、食事もテーブルが違うので今までよりも話す時間がぐっと減ってしまったからかもしれない。セドリックとが話をできるのは放課後の中庭やベンチくらいしかないのだ。それによく、邪魔―やぁセド、彼女が噂の君のプリンセス?や、ハイ、セドリック!まぁとっても可愛い!この娘があなたの言っていたね!、キャンディはいかが?などといった―が入るのでゆっくりは話せない。図書室で一緒に勉強をするときは、セドリックがのわからないところを声を潜めて教えるくらいだ。
そんなふうにセドリックが感傷に浸っていると、あ、そうだとは座っても頭ひとつぶん高い位置にあるセドリックの顔を見上げて言った。
「ハーマイオニーにね、賢くって、優しい、お兄さんが居るって、言ったら、是非会いたいって、言いました!ねぇ、良いかなぁ?」
あぁ、やっぱりは可愛い妹分だ。さっきまでの少し嫉妬していた自分はすっかりどこかへいって、の頭を撫でて「もちろんさ」と微笑んだ。
「そうだ、セド、わたし、グリフィンドールとスリザリンの、合同で、飛行訓練の授業、があります。明日!」
「いいね!飛行訓練は僕の一番好きな教科なんだ」
セドリックが箒での飛行を思い浮かべるとも夏休みの彼のクィディッチの練習を思い出す。彼はほんとうに楽しそうに飛んでいた。
「セド、飛ぶの、上手!でも、皆、不安みたい…です」
は飛行訓練のお知らせを見たあとの皆の騒ぎ様を思い出して自分も少し不安になった。お知らせを見た皆は飛んだことのある人は自慢話に華を咲かせたが他は不安がったり、ハーマイオニーなんかは今頃図書館で本にかじりついているだろう。ハリーも憂鬱そうにしていた。
「そうだね。初めて飛ぶ人だと恐いと感じる人も多いから…でも、自信を持ってやると平気さ。」
セドリックは少し不安そうにするにアドバイスをした。
「自信?」
「うん。気持ちの持ちようさ。は飛ぶのは恐い?」
は少し考える。セドリックと庭で飛んだとき、は彼が幼い頃に遊んだという子供用の箒には乗ったことがある。
落ちても怪我をしない高さにしか上がらないものだがー
「楽しかった、です。高いところ、恐い、でも、セドみたいに、飛びたいです」
の言葉を聞いてセドリックは頷いた。
「じゃぁ大丈夫さ。なら子供用箒じゃなくてもきっと乗りこなせるよ」
そのあとも二人はしばらく話をしたが、就寝時間もあったのでグリフィンドール寮の近くまでセドリックがを送った。
「Night night, Ced.」
「Sweet dream.」
太ったレディの肖像画の前で、のロベルタの影響をうけたおやすみなさいを聞いてセドリックは苦笑しながらもおやすみのハグをしてが談話室へ入ったのを確認してから彼もハッフルパフの寮へと戻った。
飛行訓練の時がきた。ハーマイオニーがぶつぶつとクィディッチ今昔の内容を繰返しながらの手をひいて城の前の芝生の広場に着いたときにはスリザリンの生徒はもう皆揃っているようで城からやってくるグリフィンドールの生徒を見て意地悪く笑っていた。
近くに居たハリーはそれを見てますます嫌そうな顔をする。
マルフォイというスリザリンの気取った青白い顔の男の子がハリーに何か言いかけたとき、マダム・フーチがやって来た。
「さぁ!なにをぼやぼやしているのですか?早く箒の前に立ちなさい」
追いたてられるように生徒たちは並べられた箒へ向かった。
の箒は柄は泥で汚れて先はボサボサだったがそれはどの箒も同じだった。
「右手をかざして上がれ、と言いなさい。」
「上がれ!!」
皆は一斉にはじめたが、なかなか上手くいかず苦戦している生徒が多い。
そんななかマルフォイは一発で決まってニヤリと笑い辺りを見渡したが同じようにハリーも一発で決めたのを見て悔しそうにした。
は一回目でちゃんと手まで箒が浮かび上がったのにそれに驚いてキャッチし損ねたので、二回目で成功させた。
隣のハーマイオニーは何度やってもコロリと箒が転がるだけで上手くいったを悔しげにみて、「どうやったの?」と珍しくアドバイスを求めてきた。
また続きがあったら上げていきます。