卒業試験の鈴とりを終えて、その次の日の今日、正式に下忍として引き受けた任務を終えたわたしは、ヒナタの所属する第八班が修行しているという演習場へと向かった。
今日はヒナタと任務後にご飯に行こうと約束していた。時間があれば一緒に修行もするつもりだ。わたしの七班は今日は任務だっけれども、ヒナタの所は今日は修行らしい。
演習場では、まだ人の声がしていて、早く来すぎてしまったかもしれないとこっそり様子を伺う。
すると、演習場で固まっている三人のうち、頭に子犬を乗せた少年、犬塚くんがピクリと鼻を動かして「誰か来た!」と顔をこちらへ向けた。
そうだ、犬塚くんはあの犬塚家の子で、鼻がよくきく。
別に悪いことをしていた訳ではないと、わたしは一呼吸おいてからそっと姿を現した。
「ちゃん」
「早く来すぎちゃった…驚かせてごめん。」
かよ。と犬塚くんはうなだれ、油女くんは、もうこんな時間か。と腰かけていた切り株からゆっくり立ち上がる。
「まだ修行中だった?」
「いや、自主トレ。今日も紅先生に全く敵わなかったからな。」
犬塚くんは子犬であり彼の相棒の赤丸の頭を撫でながら悔しそうに言う。
「八班も先生と鈴取りしたの?」
鈴取り?と怪訝な顔をする犬塚くんに卒業試験の話をすると、油女くんが「いや、俺たちは隠れ鬼だった。」と説明してくれた。
とにかく何処の班でも何かしら班の特性を活かしたチームワークを試されているようだ。
ヒナタ達は合格したものの、わたし達同様先生には勝てていないらしい。
「そういや、お前何班だっけ?」
「七班。」
「七班って?誰がいた?」
「うちはサスケとうずまきナルト、そして…春野サクラだったか?」
油女くんに頷くと犬塚くんはおまえたいへんだなーと笑う。
そしてヒナタはおそらく「ナルトくん」のことを思い出してか頬を染めた。
「おっと、それで何の用だったんだ?」
「あぁ、えっと、ヒナタと約束してて…」
「こ、このあと、ちゃんとご飯行こうかって…時間があったら、一緒に修行もするつもりだったの。」
もじもじしながらもしっかり答えるヒナタに犬塚くんは残念そうにする。
「先約かよ。俺、このあとお前らとメシ行こって思ってたんだけど、ま、仕方ねーか。」
「き、キバくん…ごめんね…」
申し訳なさそうに謝るヒナタにわたしは思わず声をかけた。
「ヒナタ、犬塚くん達とご飯行って来たら?」
いつもわたしとしか話していないヒナタ。ーわたしもだけどー
そんな彼女にせっかく食事の誘いがきたのだ。
わたしが居たら邪魔かなと思って、戸惑うヒナタに「また時間あるときにゆっくり食べようよ」と残してこの場から立ち去ろうとすると、キバが名案だとでもいうかのように手を叩いて言った。
「じゃぁ、も来いよ!」
「え!?」
驚くわたしだけれども、油女くんもそれがいいと頷く。
「でも、邪魔じゃない?わたしは違う班だし…」
「でも同じ同期だろ?」
「ヒナタもお前がいた方が良いだろう。何故ならヒナタはまだ俺達に慣れていないしな…」
「そ、そんなことないよ、シノくん!…でも、二人とも良いって言ってくれてるから、ちゃんが良かったら…皆で食べよ?」
わたしはそんなヒナタのお願いを断れるはずがなく、結局定食屋の四人席へとたどり着いた。
見た目通りガツガツご飯を食べる犬塚くんと見た目と違ってやはりかなりの量のご飯を食べる油女くん、とヒナタ。
わたしも決して食べない方ではないけれども、この三人のなかにいると少食に見えるから不思議だ。
ご飯を食べながら、主に卒業試験の話で盛り上がって、そして共通の話題であるつい最近までいたアカデミー時代のことへとうつる。
「俺、最初はシノやヒナタと一緒の班になったときは焦ったぜ。」
犬塚くんはまだ結成三日目なのにそんな暴露話をはじめた。
「だってシノもヒナタもアカデミーだと全然喋ったことなかったしな」
そしてもだけどと付け足す。
「でも実際組んでみたら、すげぇ相性良いし、ヒナタはうじうじしてると思ったら努力家だし、シノは思ったよりよく喋るし楽しいぜ。」
ヒナタは顔を真っ赤にして、油女くんはすっと顔を伏せた。
犬塚くんはその様子を見て自分まで恥ずかしくなってきたのか、慌ててわたしの方を向いた。
「っで、お前んとこはどうなんだよ?」
突然そんなことを聞かれて今度はわたしが慌てる。
七班の皆のこと?
どう思っているか?
「な、なんでわたしは七班に配属されたのか、まだよくわかんないかな…今から思えば、皆の八班って探索系みたいに、能力的にもまとまりがあって組んだとかわかるけど…わたしのとこは、そういうのも無いし…」
油女くんがそういえば、と助け船を出すように話し出した。
「お前はアカデミーの次席だろう?なのに首席のサスケと一緒なのは…少し驚いたな。」
犬塚くんがそんだけナルトの成績がヤバかったってことじゃねぇの?と茶化してヒナタがやんわりと咎める。
「それは、海野先生がわたしがアカデミー二年しか通ってないからだって言ってたけど・・・」
わたしは今日の任務のことを思い出してため息をついた。
今日の任務は子供のお守りだった。目立ちたがりなわりに実力の伴わないうずまき君は案の定余計なことをして子どもを迷子にさせるわ、春野さんはうちは君しか見ていないわ、うちは君は任務の内容にすっかりやる気を無くすわで散々だった。
わたしはひたすら三人のフォローにまわった…つもりだったけど、はたけ先生は我関せずと本を読むだけ…
チームワークの欠片もない。
正直不安でいっぱいだった。
「…わたし、馴染めるか心配だな。なんか、他の人三人とも我が強いし…悪い人じゃないってわかってるけど、なんか…」
わたしは見てもらえない…
自分で思ったよりも随分弱々しい声がでた。
ヒナタが心配そうに「ちゃん…」と声をかけてくるから取り繕う。
「ご、ごめん!こんなんだから、きっとあの三人も、先生も…」
そのとき、隣の席に数人が案内されてやって来た。
反射的に顔をあげて来た人達を確認する。
「さんじゃないですか!」
「り、リーさん。」
やって来たのはリーさん達先輩の班だったようだ。
リーさんとは演習場でガイ先生と一緒に居るときに会ったりしたけれども、他の班員達とは会ったことはなかった。
「なに?リー、知り合い?」
そうこちらを覗き込んでくるチャイナ風の出で立ちの女性と、
「ヒナタ様…?」
「ネジ兄さん…!」
ヒナタの従兄、日向ネジだった。
犬塚くんと油女くんはネジとは初対面のようで、「なんだ?兄妹いたのかよ、おまえ」と呑気にヒナタに尋ねている。
わたしは咄嗟に伝票をとって席を立った。
まさか、リーさんの班に日向ネジが居たなんて。知らなかった。
「行こう、ヒナタ。もう皆食べ終わったし。」
「ちゃんっ・・・」
リーさんともう一人の女性が「ヒナタさん」と気まずそうにつぶやいた。
わたしとヒナタが一緒に居る時にネジの班員と会ったことはなかったけれども、その様子を見るに、向こうはわたしが居ない時にヒナタと出くわしていたのだろう。
「お前は相変わらずヒナタ様のナイトぶっているんだな。」
安い挑発だとはわかっても、ネジのその言葉にわたしは足を止めた。
「そうやって真綿でくるむようにすることが、本当にヒナタ様のためにでもなると思っているのか?そうやってどう逃げても・・・事実は、運命は変わらないんだ。」
ネジの班員の女性が「ネジ!」と彼を止めようとする。
犬塚くんと油女くんも、ヒナタとネジの関係を知らないだろうが、尋常ではない雰囲気に思わず黙りこくっている。
「何度も言ってるじゃないですか。わたしはヒナタの“親友だ”って。その変わらないことをずっと嘆いて、詰る人から大事な親友を守るのは当然です。」
「貴様!」
「ネジ!!」
チャイナ風の女性だけでなく、リーさんも、思わず身を乗り出したネジを止めた。
犬塚くんと油女くんが「なんなんだよ、いったい」と尋ねてくるのに、ヒナタが気まずそうに俯く。
「・・・俺の父親は、ヒナタ様のせいで殺されたんだ」
定食屋は賑わってはいないものの、それなりに人もいたから、ネジはわたし達だけに聞こえるような声でそう言った。
驚く犬塚くんと油女くんを鼻で笑ってネジは続ける。
「お前たちだって日向一族のことは知っているだろう。俺は日向の分家の人間だ。宗家のヒナタ様とは違ってな。」
わたしは黙ってネジを睨む。
ヒナタは必死に、「ちゃん、」とわたしの袖を引っ張って止める。
不穏な空気に店内が少しざわついたけれども、そんな空気を気にもせず、一人の人がやってきた。
「なんだ、なんの騒ぎだ?いったい?」
ガイ先生だった。
ガイ先生はネジ達と、ヒナタとわたしを見てすぐに察したのか、一つ溜息をついた。
わたしはガイ先生に「お騒がせしてすみませんでした。」と謝ってヒナタの手をひいてすぐにそこから立ち去った。
慌てて追いかけてくる犬塚くんと油女くんにヒナタを任せてとりあえず伝票をレジに持っていって、会計を済ませて店の外に出ると、三人が待ってくれていた。
「ごめんね、ちゃん・・・また・・・」
「こっちこそごめん。勝手に首をつっこんじゃって」
「そんなことない!・・・わたし、わたしは・・・」
ヒナタは、幼い頃他の里の忍に誘拐され、彼女の身代金として、白眼の秘密を抱えるヒナタの父親を要求した。
そして、その身代りに、ヒナタの父親の双子の弟である、ネジの父親が差し出された。
そのことをとても引け目に感じているヒナタは、ネジに何を言われてもただ黙り込むだけだった。
そして、わたしに庇われても、それにどこかヒナタが罪悪感を感じていることは知っていた。
「・・・ごめんね、ちゃん」
申し訳なさそうにまた謝るヒナタに苦笑いして、頷いた。
犬塚くんと油女くんはまだ怪訝そうにしているのを見て、ヒナタは事情を話すことを決意したようで、そのまま向かった公園で二人に簡単に説明した。
二人とも日向までとは言わないものの、旧家の出身だからかすぐに事情をのみこんだようだった。
「・・・俺達がどうこう言えることじゃ無いってのはわかるけどよ、背負いこみ過ぎんなよ」
「あぁ。それこそヒナタだけの問題ではない…日向全体…過去にまで遡らなければないことだ。」
事の重大さから、そんな言葉は慰めにならないだろうけれども、想いは伝わったようで、ヒナタは大きな目に涙をためて「ありがとう」と言った。
そんなヒナタ達を見て、なんだか巣立ちを見るような思いで居たら、それを見た犬塚くんが頬をかきながらわたしを見て切り出した。
「あー、さっきの話の続きだけどよ、」
「さっきの?」
その、アレだよ、馴染めるかどうかとか言うやつ!と犬塚君に言われて、あぁ、と思いだした。
犬塚くんがニヤリと笑って「アカデミーに途中編入したお前にはまだわかんねぇかもしんねぇけど」と続ける。
「まぁ、サスケもアカデミーん時はお前のことは一目置いてたみたいだしさ、」
「サクラも自己主張が激しいが、一度人を懐に入れたらずっと大事にするタイプだろう。」
俺が話してただろ!と怒る犬塚くんを気にもしない油女くん。
「ナ、ナルト君も、ちょっと騒いだりとかしがちだけど、誰よりも真っ直ぐで、何事も諦めない人だよ。」
ヒナタが照れながらも、必死に伝えてくれる。
「それにさ、お前も…充分頑張ってるだろ」
「犬塚くん…」
「キバでいい。犬塚っていっぱい居るんだからな、。」
「、自信を持て。それに、親友を思う真っ直ぐさはアイツ達にも通じる。」
「キバ、くん、…シノくん、ありがとう。」
「ちゃん、な、何かあったらいつでも言ってね。今度は私がちゃんを助けるから…」
またメシ行こうぜ。もな。
ワン!と元気に吠える赤丸に皆で笑って、頷いた。
なんだかつまらないことで悩んでいたのかもしれない。
やっぱり自然体でいくのが一番かな?
無理して友達になろうとするのもそれはそれで違う気もするし・・・
とにかく、素敵な友達が新しくできたんだ。
あせらず、自分のペースでいこう。
明日からの任務では、自分から彼等に向き合えるようにしていこう。
わたしの方がきっと、彼等はわたしのことなんて見てくれないだろうと避けようとしているんだから。
まぁ、この決意が上手く行くには、それなりに時間がかかったのだけれども。