明陀を開いた不角が江戸時代に現われた上級悪魔、不浄王を倒した際に現世に残ってしまい明陀が代々守ってきた不浄王の右目。
それを突然狙われ奪われかけた。
それと同時に東京の正十字でも明陀には伝わっていなかった“不浄王の左目”が襲撃され奪われた。
これが今回の事の発端であった。
明日、京都支部の明陀の血統の代表者達と当日現場にいた者達で秘密会議を開くこととなった。
その連絡を受けたはふうとため息をついた。
子猫丸達と別れたあとに暑苦しいコートは脱ぎ捨てては裏庭で手毬をついていた。
べつに普段からやっているわけではなく、もう少し人が減ってから割り当てられた部屋に行こうと思っていただけだ。
不浄王の件が起きてからは京都出張所に近いこの虎屋で祓魔師は皆待機となっていた。
は家唯一の者で現当主であるからもちろんその会議に参加しなくてはならなかったけれども憂鬱であった。
今回の事が事だけに身内が疑われているのだ。身内同士で疑い合うのは誰だって嫌だろう。当然だ。
それに喧嘩をしてから数ヶ月避けていた柔造や蝮とまともに顔を合わせることもの憂鬱の原因の一つであった。
数ヶ月前、勝呂達が祓魔師になるために東京へ旅立つ少し前にと柔造、蝮は大喧嘩をした。
普段から柔造と蝮は喧嘩が絶えなかったけれどもは人と滅多に喧嘩はしなかった。
それなのに20を過ぎてからあんな大喧嘩をするなんてとは自分でも少し驚いていたけれども原因はわかっていたし、のせいと言っても全く過言ではないから苦笑いする。
は一年ほど前からかなりの頻度で仕事をサボりだした。
主に日中、報告書を書いたり京都出張所に寄せられる悩み事への対応等の仕事はほぼしていない。
その代わりと言ってはなんだけれども京都出張所でも数少ない上一級祓魔師であるはたまにある上級悪魔の討伐任務には皆勤だ。
…そんなの言い訳にすぎないのだが。
そんなの態度を見かねた幼馴染の二人と、人生初の大喧嘩となったのだ。
それ以来は二人を見かけるとなにかと理由をつけて避けていた。
柔造はそれでもまだを気にかけていたが蝮は何か他に思うところがあったようでに積極的に関わろうとはしなくなっていった。
そういったことで三人は疎遠になって、自然と他の者たちももう所長の八百造も何も言わなくなったこともありそれにならっていた。
なのでは昔は大好きだったこの虎屋も肩身が狭い。
それに、夜は辛い。
―やっぱり、どこか近くで他の宿をとろう
そう決心しては手毬を片づけて裏門に向かおうとしたとき、がっしりと肩を掴まれた。
は最近は京都出張所の面々とはギスギスしていたのだけれどももちろん例外は居るわけで。その例外がまさしく彼であった。
「!!!お前今度はどこほっつき歩くつもりや!?逃がさへんで!!」
が振り向くと予想通り、志摩金造が眉間にシワを寄せていた。
「…金造…怪我は?大丈夫なの?」
「明日から復帰や。…せやけどなぁ、」
「お前の溜めとった書類、おとんが俺にせぇって言ってきたんや!おかしいやろ!病み上がりやっちゅうのに!」と大声でまくし立てる金造。
は苦笑して「病み上がりやからこそデスクワークの方がええんとちゃう?」と反論したら更に彼はヒートアップした。
「んなわけあるか!!こんなんやっとったら熱でるわ!」
金造らしい返事にはクスクスと笑った。
「何笑っとんねん。」
「ん、確かに金造はアホやから申し訳なかったなと思って」
「なんやとゴルァア!?」
金造の怒鳴り声はさすがに病人も多い虎屋では迷惑だと思ってはごめんね、と謝った。
それで金造はさっきまでのことは忘れたかのように落ち着くけれども怒りはまだ収まっていなかったようで口を尖らせて文句を言う。
「だいたい、おとん、お前に甘いねん。」
「そうかな」
「やって俺やったらミスしただけでも殴るのにはサボっても許してもろとるやん」
そんなこと無いよとは金造を宥めるけれども納得するわけもないのはわかっている。
でも金造はほーかと頷いたと思ったら話題は変わっていた。
「…っつーか、まだ柔兄達と仲直りせえへんのか」
金造はいつもアホで、だからこそこうして誰も突っ込めない話でも平気で聞いてくる。
「…うーん、許してもらえへんやろからねぇ」
達三人は明陀が正十字騎士団に属してからすぐに祓魔塾へと同時に通いだした。
十年前、柔造は高校三年生、蝮とは高校一年生からの入塾であった。お互いが良き友人でありまたライバルでもあった。
柔造は騎士・詠唱騎士に、蝮は手騎士・詠唱騎士、は騎士、医工騎士の称号をそれぞれ修得し、故郷の京都へ戻り共に任務に励み、
柔造は上二級仏教系祓魔師、蝮は中一級仏教系祓魔師に昇進。そしては、上一級仏教系祓魔師へと一番の出世となった。
戦闘能力の秀でていたは日本支部の東京へのお誘いや海外への留学のお誘いを蹴っていて、これには皆行かなくて良かったのかと尋ねたけれども
は「わたしの目的は強くなることじゃなくて明陀の勤めを果たすことで、そのために強くなりたいだけやから」と言い切った。
そんなに柔造や蝮はもちろん京都出張所の皆が一目置いていたのだ。
―だからこそ今のを許せない、否、認めたくないのだろう。
でも金造はを真っ直ぐ見詰めて言う。
「…柔兄達は怒っとるわけとちゃうやろ。」
金造はアホだ。いつも頭を使わず思ったことをそのまま口にする。
「柔兄達は心配してるだけやろ?柔兄達を避けてるのはとちゃうん」
だからこそ、いろいろ考え過ぎてしまう人たちと違って核心をつく。
は決して金造から目を逸らさずに笑った。
「そうやとええけど…でも、皆良くは思ってないよ。」
「そんなんわからんやん」
「うん、でも皆金造と一緒やない。」
そう言うとは踵を返した。
「っ!」
呼びとめようとする金造に振り向かずには答えた。
「報告書はやっとくわ…久しぶりに働かなええ加減追い出されそうやし」
ありがとうね、金造
金造はその背を黙って見送った。
少し年の離れた自分には入り込む隙があまりなくて思わず羨んだこともあるほど仲の良かった三人はここ数ヶ月ですっかり変わってしまった。
明陀が大好きで大切な金造は普通なら絶対に今のの態度には怒り狂っただろうけれどもなんだか怒れずに、むしろ心配している自分がいた。
それは昔の努力家で“家族”想いの彼女を知っているからか、兄達が頑なな分少し離れた自分が冷静になれているからかはわからない。
少し金造は考えようとしたけれどもすぐに頭が痛くなってきてやめた。
明日は仕事復帰だ。
ついさっき増えてしまった余計な仕事はやらなくて済みそうだとはいえ病み上がりなわけだからそろそろ寝ようと金造も部屋へと戻ったのであった。