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京都に帰ってきて二日目の朝。
昨晩は酔っ払った奥村燐に絡まれて寝るのがすっかり遅くなったせいもあり、普段から朝に弱いこともあり、志摩廉造は目を擦りながら食堂として現在使われている広間に入った。
皆がわいわいと話しながらご飯を食べる中、ぽっかりと空間ができていたところへ廉造はどかりと座る。

「おはようさん、奥村君。すごい寝ぐせやなぁ」

燐の奥の席に座っていた子猫丸の肩がぴくり、と動くのが廉造にもわかったけれどもあえてそれは無視した。
昨晩、廉造は決めたのだ。
奥村燐と、明陀の犠牲者も多く出たあの青の夜の原因、サタンの息子である彼と今まで通り付き合っていくと。

「おう、志摩!おはよう!」

にっかり笑う奥村燐は悪魔の証でもある尻尾が生えているのにさえ目をつむれば、間抜けで、無害そうな、とてもサタンの息子なんて思えないような少年だ。
そう挨拶をかわして一緒に食事を取り始めると、昨日までけが人として寝込んでいた廉造の兄の志摩柔造、金造がやってきた。

「柔兄達、けがはもうええのん?」

「おん、今日から現場復帰や。もともと軽傷やったしな。ところでこの子は?」

隣に座って朝食をとっている金造のまき散らすご飯粒がかからないよう手でガードしながら廉造は兄達に奥村燐を紹介した。

「この子は奥村燐君、祓魔塾の同級生やねん」

「そうやったんか、オレは志摩柔造でこっちのアホは金造や。いつも廉造が世話になっとるな」

燐はにこやかに兄たちとも挨拶をする。
柔造は燐の尋常じゃない寝ぐせを評価しているとその後ろに一人で朝食をとっていた子猫丸に気付いて彼を呼ぶけれども子猫丸はもう終わるからと慌ただしく席を立った。
不思議そうにその様子を見る柔造に廉造も苦笑いだ。
子猫丸はまじめすぎるのだ。
燐がサタンの子供だからと言って、彼は自分たちに危害を加えるようなことはおそらく、ないだろう。
そんなに気をはっていたら疲れてしまう。

気持ちを切り替えて、今日は休暇をもらったと思いだした廉造はプールに行こうとよからぬ下心も抱きながら燐を誘い、彼も乗り気になったけれども霧隠先生に見つかり燐は行けなくなってしまう。
最近奥村君は霧隠先生と仲良し…というか一緒に修行をしているらしい。
あんなべっぴんさんで胸もふくよかな女性と一緒に修行なんて羨ましいなぁ…でも修行はめんどくさいなぁとかまたよからぬことを考えながら
霧隠先生に連れて行かれる奥村君をぼんやりと眺めていたら、恐ろしい速さでご飯をかき込んでいた金造が食事を終えたらしくずずず、と鳴ったお茶を飲む音に廉造の意識は戻された。
そんな彼に柔造はいつもどおりなので慣れた様子で笑って言う。

「そない食って、今日は金造はデスクワークやろ?眠くなるんちゃうんか」

「大丈夫や!書類はにやれって約束したから俺は警備や!」

「!・・・が?」

「おん」

柔造の驚いた様子に廉造が驚く。
柔造はそんな廉造に困ったように笑ってほうか、と呟いた。

も坊達が帰ってきたから、やる気になったんかもな」

少し嬉しそうに言う柔造を見て廉造はははは、と愛想笑いした。
やっぱりなんだか、姉が仕事をさぼっているという事実は自分たちには信じがたいものであった。

廉造はずっと、何事にも本気になるということは阿呆らしいと考えていた。
家ではずっと、自分が生まれてすぐに亡くなった顔も知らない兄のことばかり話され、優秀な兄の柔造と比べられてきた。
明陀明陀、志摩家志摩家、耳にタコどころでは無いほど言い聞かされてきた。
それにはもうウンザリで、自分は人に言われるがまま敷かれたレールを歩みたくないとずっと思ってきたのだけれどもかといって反抗するような気力もなく、
気がつけば嘘と建前で自分を塗り固めていた。

いつも廉造をトクベツ可愛がっていたは優秀で明陀に尽くしていて自分とは正反対のように思えていたけれども、
もまた廉造の前では弱音のようなこともたまにははいてはいた。
とは言っても、廉造にとってはその弱音ですらそんなに明陀のこと思ってはんの、と感心してしまうような内容だったけれども。

中学三年のときには、正十字学園の件で幼馴染の皆それぞれが迷った時期であった。
子猫丸は勝呂に合わせて進学先を決めるような感じではあったけれども、勝呂自身は達磨様から祓魔師になることには反対されていたし、
廉造も正十字学園へ行けとは言われていたものの、このまま祓魔師になるということに反発したいような気持ちもあった。

丁度そんな時期に、仕事を終えて受験勉強をしていた廉造を訪ねてきたに聞いたことがあった。

姉は、なんで祓魔師になったん?」

どうせ、当たり前だ、明陀のためだ、と勝呂みたいに生真面目な答えが返ってくるだろうと思っていた。
廉造は姉のことは大好きだったし姉はきっと自分が祓魔師になりたくないと言ったら強制せずに理由を聞いて相談にものってくれるだろうとわかっていた。
でも、明陀のためと熱心な姉にやさしくされるたびに、一緒にいたら今度は柔兄だけではなく姉とも比較されるのだろうかと思うと少し気が重くもあった。
姉は廉造の質問に少し考えたあとに、人の多い志摩家なので誰もいないか確認してから小声で答えた。

「…お父さんを亡くしたからかなぁ。お母さんも出て行ってもうたし…ううん、生まれた時からそうなっていたからかもしれへん。気づいた時にはもう、引くに引けへんとこまできてたから…」

驚く廉造に笑っては続けた。

「考えたこともなかった。家に生まれた以上、明陀のために祓魔師になるものやと思ってた。そのための修行も小さいころからしてきたし…
 …わたし、ほんまはめっちゃいい加減な奴やね…流されるままここまで来てもうたのかもしれん…」

姉は真面目で熱心であったけれどもこのときの笑みは自分と同じように諦めたような、仕方ないという笑みであった。
それは廉造にとっては皆が明陀明陀と熱い中で仲間ができたような気になって少し心が軽くなることであったり、普段は完璧な姉本当の気持ちを聞けているようで自分だけトクベツと思えるようなことでもあった。
こんな完璧な人でも自分と同じようなところがあるのだ。そして柔兄や蝮さんと居ても何かあれば廉造のところに来て一番に構ってくれている。
そして姉も自分の前だけでなくいつか皆の前でも本音を言えるようになればええのにな、と廉造は心配までしていた。

でも実際に姉がサボったり等でその完璧さが皆の前でも無くなってしまうとなんだか非常におかしな気がしたのだ。
何かがひっかかる。
確かに姉は誰の前でもずっと気を張っているようで、成績も性格も良しで関係はないけれども容姿も良しと非のつけどころの無い人でいるのは廉造から見たら少ししんどそうには見えた。
でもだからといって無責任に仕事を投げるような人ではないのだ。
その会話をしたのはちょうど一年ほど前だろうか。
姉は廉造に“流されるままここまで来た”と諦めたように笑った後にまた少し考えてからこう続けたのだ。

「でもね、後悔はしとらんよ。だってわたしは明陀の皆が大好きやから。少しでも皆のためになるならこの道を選んで正解やったってきっと何年、何十年先でも言える自信があるからね。廉ちゃんももしこれからのことで迷ってるなら、
 これだけはしっかりしときね。絶対、後になって後悔するような道だけは選ばないように、ね。」

姉、ほんまに今の姉は、後悔してへんやんな、
帰ってきてから見る姉の笑顔は廉造にはどこか苦しそうに見えた。
いったいなにが。
いつもならこんな面倒そうなことに首はつっこまないけれども、姉の話となるとそうもいかない。
気になって仕方ない。

今度会ったら、聞こう。
姉、なにかあったん?

姉はきっと自分になら本当のことを話してくれると信じているから。