虎屋の鶯の間。
ここで裏切り者を炙り出す会議の執り行われる。
各家の当主と現場にいた当事者らが徐々に集いだし、いないのは志摩家の当主、八百造とその息子であり事件の際に現場にいた柔造、そして座主の勝呂達磨のみとなった。
そして、家の現当主であるは、珍しく誰よりも早くその場に居た。
家は座主である勝呂家の竜二の隣、志摩家、宝生家と並んでの上座を与えられていた。
は揃った面々を座敷のこの奥の席から見渡す。幼いころからずっと共に居た者達。
この中に、明陀に裏切り者がいるなんて考えもしたくない。
でも、おそらく、いるはずなのだ。
家族同然の明陀の者達の中に、明陀がずっと守ってきた、明陀の存在理由でもある不浄王の右目を奪おうとした者が。
鶯の間の廊下側ではない方の、奥の襖が開いて志摩家の当主、八百造が息子の柔造の肩を借りてやってきた。
彼は不浄王の目の瘴気をまともにくらったので誰よりも酷い魔障を負っていたが、それでもこの会議の席についた。
ゴホゴホと咳きこみながら八百造は会議をはじめる前に、と切り出した。
「達磨様は重要な用向きで会には出席できひんそうや。」
は隣に座っている坊の、勝呂竜士の顔がピクリと引き攣ったのに気がついたけれども特に気に掛けずに八百造の言葉に耳を傾けていた。
「和尚はおらへんけど、事は急を要する・・・会はこのまま開くことにする・・・」
座主のいない会議ははじまった。八百造が重々しく今回の議題を告げた。
「今回各家の当主、および、先の右目の一件に関わったものを呼んだのは他でもない・・・裏切り者を炙り出すためや。」
内容を知らされていなかった一部の者達はそれに異を唱えるが、八百造と蟒が往なした。
「“右目”の件のとき、あの場に居たものは明陀の者に限られる」
「それに、明陀にしかあの封も破れるものもおらんやろう・・・柔造さん、あの日深部で起こったことをまず報告してくれへんか?」
蟒の言葉に柔造は頷いて、あの日のことを話しだした。
あの日、京都出張所の『僧の座』の護摩壇の調子が良くなかったため、勝呂達磨を招き、様子を見てもらっていた。
その際、護摩壇の炎が急に大きく燃えだし、達磨はその場に居た柔造と蝮達宝生姉妹に早く逃げろと指示を出し、真言を唱えた。
しかし、蝮は達磨の指示を無視して「右目を守る」と言って右目を封印しているところへ向かったが、炎に邪魔される。
そんなうちにも炎は右目の封印を破ろうとしていた。
そこに八百造が駆けつけ、再び封印することに成功した。
つまり、あの事件の日、その場に居たのは宝生家の三姉妹、蝮、青、錦と志摩家の柔造、八百造、そして、この場にはいない勝呂家、大僧正の達磨の六人だった。
その確認の後、蟒は数枚の紙と、写真を取り出した。
その写真に写る人物はも知っている人だった。
「ここで一つ記録がある。皆も知っての通り、日本支部最深部、左目の略奪に加担したとされる、元最深部部長、藤堂三郎太・・・」
蟒は、蝮と柔造、そしてをちらりと見て言った。
「柔造さん、蝮…そして、あの場にはおらんかったけれどもさん、アンタ方は祓魔塾時代に藤堂から魔法円、印章術を習ってはったそうやな。」
驚く蝮と柔造。柔造は蟒の言わんとすることを確認しようと「それが、何やってゆうんですか」と尋ねたが、それを遮るように蝮が大声を出した。
「父さま!私を疑うんですか!?」
「…アンタ方の他にあの場に居た中では藤堂と接点のある者はおらんからや。」
あくまで冷静に蟒は答える。
東京で、京都と同時期に不動王の左目を狙った藤堂と“先生と生徒”の関係であった柔造と蝮。
そう、柔造、蝮、の三人が祓魔塾に通っていた頃、藤堂は魔法円、印章術の先生であったのだ。
は召喚士のマイスターはもっていないが、授業は受けていたため、藤堂について少しは知っていた。
頭が良く、人もいいけれども弱気そうなイメージの人。しかし、裏では不動王の目を狙い正十字騎士団に反逆した藤堂。
確かに、右目と左目を同時期に狙われるとなったら、犯人は同一犯か、共犯の可能性が非常に高い。
蝮は珍しくとりみだしていた。
「そんな!習ってたてゆうだけやのにっ・・・でも!・・・志摩は随分藤堂に懐いとったような…」
「はぁ!?」
蝮から突然疑いを強めるようなことを言われて柔造は声を荒げた。
「授業がおもしろかっただけや!それを“懐く”言うんか!?」
「私はしっとることを言うたまでや!」
「はどうやねん!?俺は藤堂に“懐いて”なんかなかったやろ!?」
二人が喧嘩をすると、いつも今のようにに同意を求めていた。
熱くなって二人とも、今も含めた三人で冷戦中だったことを忘れていたようだ。
一瞬で気まずくなったのか凍る二人に、はいつものように微笑んで答えた。
「…まぁ、藤堂先生の授業は確かに興味深かったわぁ。そうなると、わたしも懐いとったことになるんかな。」
の答えに納得のいかなかった蝮はさっきまでの気まずさは忘れたのか、普段とは違って激しく捲し立てた。
「そういうこと聞いとるんとちゃうってわかっとるやろっ!…はっ、明陀のことどう思っとるねんっ!?いつも、仕事もせんとっ!!それにあの日はどこに行っとったんや!?」
涙目で見つめてくる蝮には初めてたじろいだ。
「…どこやったけ…弘法さんやったからちょっと東寺まで足伸ばしたかな…」
「なっ!、あんたっ!!」
「蝮、さんの件については後でこちらから言っておく、今はそんな話とちゃうやろう」
蟒が蝮を宥めた。今はの普段の行いを問いただす場ではないのだ。
深部への侵入は、警備の目を掻い潜ってはほぼ不可能。その場にいなかったが不動王の右目を狙ったという線は薄い。
蝮は父親から宥められ、少し落ち着いたように見えたが今度はとんでもないことを、言い放った。
「あん時、護摩の火が動き出したとき・・・私には、達磨様が炎を操ってはったようにみえた。」
この、明陀の、トップに立つ勝呂達磨を告訴したのだ。
一瞬場が凍った。
しかし、蝮は続ける。
「今までに聞いたこともない真言を唱わはってた・・・」
その言葉に、末席の方に居た者も同意した。
「…そ、そう言えば確かに私にも嗾けているふうにみえました・・・」
しかし、その達磨が自分たち明陀のトップであるからか言ってから慌てた風に、「あ!あくまでそういうふうに見えたって話だけで・・・」と取り繕うが、もう、皆が我慢の限界のように次々と疑いの声を出し始めた。
「そもそもなんで“左目”の存在は我々に隠されとったんや!?」
「達磨様が“左目”の存在を知らんのはおかしいやろ!!」
「そ、そうや!」
「まさか、今回の件、達磨様がっ!!」
あまりのことに子猫丸が声を荒げて止めるが、隣の男に「アンタさんは、それこそ達磨様にようけ懐いとったもんなぁ」と詰られ反論できなくなる。
「だいたい、この場に達磨様が出席されへんのもおかしいやろ!」
「怪しいゆうたら、皆怪しい…!!」
また始まった疑り合いに、悔しげに子猫丸は俯いた、そんなとき、喧噪の中でも一際奇麗な凛とした声が、その疑り合いを止めた。
「達磨様は違いますよ。」
声の主はだった。
口々に疑いの言葉を述べていた面々は押し黙る。
でもすぐに下座の方に座っていた者が声を荒げた。
「何故そんなことがわかるんや!?」
参加者達の険しい表情とは打って変わっては笑顔だった。
「だって、約束してくれはりましたもん。絶対に、皆を守るって。せやから、達磨様がこんなことするはずないんですよ」
もう二十歳を過ぎた彼女が言うには幼すぎる返答に皆黙り込んだ。
なんの確証もないただの口約束を持ち出すなんて。
そんなもの、何になるというのだ。
「、もうええ。」
八百造が溜息をつくように言った。
は不満げに「はい。」と頷くとそのまま黙り込んだ。
八百造は静かになったけれども、もう不信感で一杯の皆の様子を見て、ため息交じりに言った。
「ラチが開かん。蟒とも話し合い、後日、和尚を交えた席を設けることにしよか・・・今日は一旦お開きや。」
誰も反論はせずに、そのまま会議は終わった。
瘴気をまともに受けたせいで、一人ではまともに歩くこともできない八百造を部屋まで送る柔造は、父親に肩を貸す前にのところに来て「話があるから隣の部屋で待っとけ」と言ったのが、席の近かった勝呂には聞こえてしまった。
は「いや、わたしもお手伝いするわ。医工騎士やしね…」と立ちあがり、柔造と共に八百造を部屋まで連れるのを手伝った。
散り散りに皆が解散していく中、勝呂はじっと席に着いたまま動かなかった。
父への、疑いの声、
彼等の疑問は自分もずっと抱いてきたもの。
ズキズキとする頭の痛みに耐えるように勝呂はぎゅっと目を瞑った。
夢、やったらええのに、
悪夢でも、目が覚めたら昔のような、幸せやったころに戻っていたら・・・