任務の最中に、ナルトが毒虫に刺された。
これがなかなか難儀な虫で、すぐに安静にして治療する必要があるが、ここは里の外れの森のなか。
ナルトを寝かせる場所もないし、時折獣までやってくる。
下手にナルトを動かせずカカシ先生もどうしようかと途方にくれていたのでわたしはあのー、と切り出した。
「…わたしの家でよろしければ、すぐそこですけど…」
「どのくらい?」
「…ここから徒歩三分くらいです。」
カカシ先生はよし、じゃぁ悪いけど案内してくれる?とナルトをそっと抱えあげる。
すぐにわたしは印を組み、「こちらです」と先導した。
一分程歩くと森に湖が現れ、その畔には屋敷もあった。
「…行きしなにはこの家はなかったはずだ」
サスケがそう確認するから頷いた。
「この森、一族以外の人だと普通の森だけど、一族の者が印を組み歩くと屋敷への道がつながるんだよ」
屋敷の門はやはり開いていて、ばあちゃんが綺麗な水の張ったたらいを足下に置き、救急箱を持って立っていた。
「どうも、の上忍師のはたけカカシです、早速で悪いんですが…」
ばあちゃんはカカシ先生の挨拶に頷き、「ええ、ええ。わかっとる。バカ孫がいつも世話になって。これを使うと良いじゃろう。」とずい、と救急箱をわたしに押し付けるからため息をついてわたしは言った。
「…ばあちゃん、わたしの部屋に行くよ。布団で寝かせた方が良いし。」
「…」
「ここまで来たら一緒でしょ?」
ばあちゃんが「客間があいとる。」と不機嫌そうに言って奥に消えたからわたしはサスケに「たらい持って来て」と言うと屋敷に上がった。
「こちらです」
客間にナルトを抱えているカカシ先生を案内すると、サクラと二人でお客さん用の布団を敷いてナルトを寝かせてすぐにカカシ先生が治療に取り掛かった。
しばらくしてカカシ先生は「よし、これでもう大丈夫だ。ナルトの意識が戻ったら一応病院に行くか」と一息ついた。
ナルトが起きるまですることがなくなって、サクラはキョロキョロと屋敷を見回して言った。
「それにしても、立派なお屋敷ね。」
「まぁ、一応旧家だしね。」
わたしは苦笑いで答えた。
確かにこの屋敷はばあちゃんとわたしの二人で住むには広すぎるくらいだ。部屋は余りに余っている。
「…他に家族はいないのか?」
サスケが言いにくそうに尋ねてくるから頷いた。
「うん。今はわたしとばあちゃんだけ。父親はわたしの産まれる前に、母親はわたしが生まれてすぐに亡くなって、三つのときにじいちゃんが亡くなったからね。」
サスケは自分で聞いたくせに申し訳なさそうにするから困る。
「まぁ、別に今のご時世では普通だよ、わたしんとこは。じいちゃんなんて眠るように亡くなったし、叔父さんは忍者やらずに甘味屋さん開いて肥満が原因の病だよ?」
自分で言ってて、あ、後でばあちゃんに怒られそうなんて後悔したけどちょうどその時ナルトが目を覚ました。
「…ん?あれ、ここ、どこだってばよ?」
「ナルト、身体に痛みはない?大丈夫?」
「もう、心配したじゃない。ここはの家よ。」
「…ウスラトンカチ」
わたし達の言葉に現状が飲み込めないで居るナルトにカカシ先生が簡単に説明した。
「任務の途中でおまえは毒虫に刺されたんだよ。で、近くのの家で治療をしてたってこと。」
「えぇー!?じゃあさ、じゃあさ、任務は…」
「俺たちで終らせた。」
サスケがフン、と鼻で笑ってそう言うとナルトは悔しそうに「くっそー、俺の見せ場がっ」て拳を握りしめる。…がすぐにナルトのお腹が情けなく鳴ってナルトは「腹が減ったってばよ…」と萎んでいった。
そんなふうにバカなやり取りをしていると襖が開いてばあちゃんがお茶とお菓子を持って来た。
「いやー、すみませんね。突然押し掛けたうえにこんなものまで。」
「…このバカ孫がかけた迷惑に比べればたいしたことないじゃろう。腹に溜まるもんを持って来た。少しはそのガキの腹もみたせるじゃろ」
ばあちゃんはナルトをみてそう言うとお茶とお菓子を机に置いてそのまま戻った。
「あー、まぁ、どうぞ」
わたしが頭をかきながら勧めるとみんな任務が終わってお腹も減っていたのでいただきます、とお菓子のお団子やおかきを手に取った。
「美味しいっ!」
「んめーっ!、サンキューな!」
「いえいえ」
わたしは急いで団子を食べてお茶で飲み込んだ。
やけにそわそわしているわたしを不審に思ってかカカシ先生が「、
どーしたの?」と聞くから曖昧に笑って言う。
「いえ、ゆっくりして頂きたいのですけど、ナルトを早く病院に連れていかないとって思って」
「ま、の言うとおりだな!ちゃんと医者に診てもらった方が良い。ナルト、サクラ、サスケ。食い終わったらおいとまするぞ。」
三人は頷いて慌ててお菓子を食べだす。
わたしが救急箱を片付けると三人も食べ終わっていたので、「ばあちゃん、片付けよろしく!」と襖の向こうに言って屋敷を出た。
屋敷を出てしばらく歩くと森を抜けて木の葉の街の外れについて、緊張が解れてかわたしはため息をひとつつく。
「ここからはオレも道わかるってばよ」とナルトは見慣れた街並みを確認してわたしに言って先頭を歩き出す。
先を行く三人の後ろを歩いていたらカカシ先生が隣にやって来た。
「いやぁ、それにしても変わった結界だったね。」
カカシ先生は気付いていたのか。
「ええ。木の葉への侵入者対策にもなるし、なかなか良い結界だと思います。」
カカシ先生はわたしの返事には納得して居なかったようで探るような目で聞いた。
「それだけじゃないでしょ。…なんでのおばあさんは、ナルトの怪我を知って俺達が来る前から準備をして玄関前で待っていたのか、」
わたしは黙りこむ。
「更にはナルトがお腹を空かせていたと知ったような言動。」
ま、確信したのはの様子がおかしかったからかな。
と笑う先生にかなわないな、と思った。
「考えてらっしゃる通り、あの結界内での物の動きや動植物の行動はすべて家当主にはわかるようになっているんです。」
ずっと監視されているようなものだった。
じいちゃんが死ぬまでは外にもそれなりに遊びにいってたようだけど、ばあちゃんのスパルタ教育がはじまってからはアカデミーに入るまで家の敷地から出たことなんて数えるくらいしかない。
家に居る間は落ち着く時もなかった。
少しでも隙を見せるとばあちゃんからの喝が入る。
寝ているときだってそうだ。
家出も何回も企んだけれども、全て失敗。
そして気が付いたら全部諦めてばあちゃんの言うとおりに生きてきた。
修行も嫌だったけれども今では逆に修行しなければ落ち着かないところまで来てしまった。
カカシ先生は黙りこんだわたしの頭にぽんぽんと優しく手をおいた。
「ほんとにはすごいな」
「…いえ、わたしなんて…」
前を歩く三人を見る。
わたしには、ナルトみたいに火影を超すなんて夢もないし、サクラみたいに誰かのためならなんでもできるというような気持ちもなければ、サスケのように強くなる目的もない。
ただ、全部諦めてめんどくさがってここまで来た。
それはそれで、幸せということかもしれないけれども…それでも、わたしはあの三人がなんだか眩しい。
隣にいると、とても楽しいのに、同時にとても不安になる。
三人はいつかそれぞれの夢や目的、希望のための道を歩みだす。
そのとき、わたしはどうするのだろうか。
「」
気が付いたら病院に着いていて、サクラがわたしを呼んでいた。
「えっと、なに?」
「もう!ナルトの治療も終わったし、カカシ先生も任務の報告に行くから解散って…」
「あ、そっか!ありがと、サクラ」
サクラはニッコリ笑うとサスケの所へ行ってサスケをデートに誘っていたけれども一蹴されて、更には「おまえはナルト以下だ」とかなんとか言われて、とぼとぼとナルトと帰っていた。
それをぼうっと眺めているとサスケがじっとこちらを見ているのに気が付いた。
「なに?」
「…今日は行かねぇのかよ、修行」
確かにわたしはいつも解散の号令と共に演習場へ向かっていた。
「行くよ、もちろん」
そして、波の国の任務のあとからはサスケもしばらくたってからやって来て組み手をしたりお互いにアドバイスし合うことが多かった。
最初はあまり歓迎しなかったけれども、一緒にやるほうが普段とは違う視点で自分の癖を指摘してもらえるから、
最近はこんなのもいいかなとか思ったりしている。
「脇ががら空きだ!」
「サスケこそっ!!」
がら空きだったらしい脇に蹴りをかまそうとするサスケの足をよけて、
地面についた手を軸にして空いた左わき腹に蹴りを入れようとするけれどもそれもよけられる。
サスケの体術は目を見張るスピードで上達していて、さっき考えたこともあり、もやもやしていると、気がついたら目の前に、サスケの拳。
「…一本取られた」
わたしが口をとがらせて言うとサスケは「休憩だ」とタオルを取りに荷物の置いている木陰まで戻るからわたしものろのろとそれに続いて隣に腰かけた。
「…なんかあったのかよ」
水筒で水を飲んでいると、サスケが聞いてきた。
「…いや、とくにないけど」
「じゃぁなんで今日は集中できてねぇんだ」
…どうしてだろう。
「…わからなくなったからかな」
サスケが何も言わずに黙っているから続ける。
「ナルトもサスケも夢とか目的があるでしょ?サクラもなんだかんだ言ってやりたいこととかしたいことはあるみたいだし…それに比べてわたしは何がしたいのかわからなくなったの」
「忍者になりたかったんじゃないのか」
サスケの疑問はもっともだ。
こんだけ毎日修行しているのだ。
目標や目的なしにここまでできる人は自分で言うのもなんだけれども、そうそういないだろう。
でも、
「わからない。気づいたら修行していて、言われるままにここまで来たの。」
いつもばあちゃんが修行しなきゃいけない状況にわたしを持っていっていた。
修行するのがあたりまえとなっていた。
「将来のこととか考えたことがなかった。強くなりたくて修行をしていたわけでもなかった。」
しばらく沈黙が続いたけれども、サスケがポツリと言った。
「でも、俺や他のやつに負けるのは悔しいんだろ?」
そうだ。
確かにアカデミーに入学してから、サスケには成績で負けっぱなしだったのがとても悔しく感じていた。
「…うん。悔しい。」
サスケは珍しく、優しく笑った。
「なら、俺に勝つのを目標にすればいい。」
でもそれは一瞬でサスケはすぐに隣にいたわたしから視線を外して真っ直ぐ前を見つめた。
「俺は絶対に強くなる。…お前になんか負けないくらい。だから、」
お前も俺に負けないようにずっと修行しとけ。
サスケらしい、回りくどい優しさ。
「ぜったい、負けないよ」
サスケはフン、といつものように意地悪く笑って立ち上がって、左手をわたしに差し出した。
「もう一回だ。今度は手を抜くなよ」
わたしはその手を借りて立ち上がる。
「手、抜かなくていいの?わたし勝っちゃうよ?」
そのまますぐに第2ラウンド突入。
さっきまでと違って体は軽く伸び伸びと動いた。
「ありがとっ」
「…?なんがだよっ?」
「…なんでもない!隙あり!」
「てめぇ!卑怯だろ!」
気がついたら二人とも泥まみれで、でもとても心地よい疲労感でいっぱいだった。