Odysseus
流れ着いた先
ユーリ達一行と別れた後、パティとは新たな冒険のため旅立っていた。
そしてその日は野営。
魔物避けのテントを張るけれども、一応見張りもいるのでは火の番をしながら、今までのことを思い返していた。
は、不思議なことに、このテルカ・リュミレースでの記憶が、パティと出会う以前のことが、一切なかった。
あるのは、星座も衛星も異なる、地球という星で、日本という国で、暮らしていた記憶。
そう、よくありそうで現実では全くありえない話。
目が覚めたらそこは別世界…

そんな体験をはしてしまったのだった。




今からおよそ一年と少し前。



足もとに水が寄ってきては引いていく心地よい感覚で目を覚ますと潮の香りがの鼻をくすぐった。
寝返りをうつと、じゃり、と頬に砂の感触。
驚いて起き上がると目の前には水平線までしっかりとみえるような美しい海が広がっていた。
…湿った髪や濡れた服から察するにどうやらは海岸に打ち上げられたようだった。
でも、昨日まではいつもどおり自分の布団で眠ったのだ。
こんな知らない場所に何故自分が、と昨日何があったかを思い出そうとしたとき、なにかの群れが海からこちらに近づいていた。
イルカかな、とかが呑気に考えているとその群れはぐんぐんスピードをあげてこちらに来る。
ぶつかる、と慌てた時、その群れの生物は海から跳ね上がった。

―なんだ、これ???

魚の頭に、人のような身体。

そして、その生き物達は確実にを狙っていた。

「う、あああぁぁぁっ!!!」

はこんなこともちろん初めてでぎゅっと目をつむり顔をそむけるしかできずに悲鳴をあげると、背後からその悲鳴もかき消すような大きな音…は映画やドラマでしか聞いたことはないが、おそらく銃声がしてこれまた聞いたことがないが恐ろしい獣の悲鳴のような咆哮。
そのまましばらくパンパン、バシャバシャと激しい音がしたあと、銃声は止み、ザブンと水をかきわけていく音がしてそれは次第に遠くなっていった。
恐る恐るが顔を上げるとそこには先程のおかしな生物はいなくて、遠ざかっていく水影が沖の方にうっすらと見えた。
何が起きたのかわからなくて呆然としているとザクザクと背後から足音がする。
今度はなんだ、と振り返るとそこには10歳くらいの女の子が銃を持って立っていた。

「ひっ、」

銃なんて信じられないけれども先程の大きな銃声はこの子が原因だったのだとわかり、撃たれるのではという恐怖心からは必死に後ずさったけれどもまさに背水の陣。
パシャリとは水につかるだけだ。
少女はそんなにはおかまいなしに銃をホルスターに仕舞って笑った。

「大丈夫じゃったか?魚人に襲われるなんて災難じゃったな。」

少女は金髪に碧眼でどう見ても日本人ではないのに流暢に日本語をしゃべっていたけれどもにそんなことに気づく余裕はなく、でもこの少女は自分を助けてくれたのだと理解した。

「あの、ありがとうございます!」

「なに、気にしなくていいのじゃ!困った時はお互い様、なのじゃ!」

はとりあえずまだ半身は海につかっている状態から立ち上がり、身体に纏わりつく濡れた服を払いながら少女に尋ねた。

「あの…それで…その…ここは、どこですか?」

「トリム港の近くの海岸じゃ!」

聞いたことのない地名には首をかしげた。

「トリム…?あの、国名は…?」

「国?帝国のことかの?」

「て、帝国?えっと大日本帝国?なわけなくて、日本、ジャパンじゃない…かんじ…ですよね…?」

少女は日本語を話していたけれどもその井出達は日本ではありえないというか、海賊のような格好で、それにまた気づいて怯えながらもは少女に問いかける。

「ニホン?ジャパン?よくわからんが、テルカ・リュミレースには国は帝国一つしかないのじゃ」

「…え?」

意味がわからなく固まるを海賊装束の少女は心配そうにのぞきこんだ。

「もしかして、記憶喪失かの?」

「えっ、どう、なんでしょう…わたし、なんでここに居るのか、さっきの生き物とか帝国とか、テルカ・リュミレースには覚えは無いのですけれど…」

曖昧に答えるに少女はニッコリと笑いかけの手を取った。

「そうか!それはたいへんなのじゃ!うちはパティ!行く当てがないなら一緒に来るといいのじゃ!」

「パティ、さん?あ、わたしはです…でもあの、迷惑じゃ…それにわたし自分がどうなってるのかもよくわからなくて…」

「大丈夫なのじゃ!それにこんなところにいつまでも居たらまた魔物に襲われてしまうのじゃ!」

戸惑うの手を引いてパティという少女はぐんぐんと歩きはじめた。
も状況が全く分からず、遠慮気味であったけれども、ここは危険地帯のようだし、このままで居てもどうしようもないと切り替えパティの好意に甘えることにした。

こうして二人は行動を共にするようになったのだった。



は最初のうちこそ、これは夢だ、とか、世界を跨いでしまったのでは、とかいわゆるトリップではと疑っていたが、 このテルカ・リュミレースで、パティと共に生きるうちに、おそらくこのチキュウでの日々の記憶がうそ偽りなのでは、と思うようになっていった。
そう、思わなければ、不安で押しつぶされてしまいそうだった。

それからは必死にこの世界に馴染もうとした。
おおよそ一年、が戦いはじめてからの日数だ。
チキュウに居たはもちろん刃物なんて料理のときに持つ位、銃なんて本物を見たことなんておそらく無かった。 かといって体術もできるわけでもなく、非力なは銃剣を扱うことになった。遠距離からの攻撃と、万が一近付かれたときに体術以外の対応手段としての銃剣。 気が付いたら魔物に襲われていたは、武器の必要性は感じていたので、パティに勧められるがままに武器をとった。
行き場もないを怪しまずに、記憶が曖昧だというの言葉を信じてパティは、一緒に世界を見て回ればも何か思い出すかもしれない、と旅に連れてくれて、そんな彼女の足を引っ張りたくなかったという考えもこの銃剣を持つ際にあったのは確かだ。

でも実際にその銃で、剣で何かの命を奪うという行為は温室育ちのにはとても耐えられるものではなかった。 怖くて引き金が引けず、k魔物に傷つけられて、パティがそんなを心配して、彼女の小さな背中がを守るために向けられるうちに、ようやく魔物を殺す覚悟は決められた。
銃剣を人並みに扱えるようになるまで三ヶ月。
パティから習った魔術については教えてもらっているうちに術式で躓いて、めんどくさがり故にスロットを銃につけるという怠惰で、奇跡的に銃剣を用いてつかえるようになるのに半年。
今ではパティと別行動してもそこら辺の魔物にはひけをとらないくらいの腕となったが、どうしても駄目なのが人間を相手にすることだった。
人間に襲われたりした時にははひたすら逃げるかパティに守られるばかりであった。
後方支援もの恐れる人を傷つけることへの手助けでかわりないハズなのに、どうしても人を相手に引き金は引けないし、剣で切り裂くなど恐ろしかった。
情けない、と思うけれども、こればかりは一年たっても無理だ。 ユーリはの異常に気づいたようであったけれども、何も言わないでくれたが、パティに甘えるのもたいがいにしないと。

は夜空を見上げた。

チキュウのニホンでは見たことのないような美しい星空が広がる。

かえりたい

思わず浮かんだ言葉を、飲み込んだ。


かえるも、なにも。

わたしはきっと、おかしいんだ。

おかしな妄想癖持ちの、記憶障害のある女。


それが、わたし。


は言い聞かせるように何度も念じ、火に薪をくべた。